その11-2

「なに?」

「俺にはしてくれないの?」

「何を?」


「龍ちゃんにはキスするくせに、彼氏役の手伝いにはしてくれないんだ」

「しないわよ。私のキスわね、高いのよ。安売り用じゃ、な・い・の」

「そして、俺は安売り? 随分、扱いが悪いな」


「他の女とでもしなさいよ。キスの安売りはしない主義なの。味も落ちるでしょう?」

「そうか」


 廉はその一言を出して、シュッ――とその腕がアイラの腕に伸びてきた。素早くその腕を引いて、崩れかけたアイラの顔を反対の手が掴み、そのまま廉がアイラの唇にキスをする。


 咄嗟のことでよける反応に出遅れたアイラは、ゆっくりと顔を離していく廉を睨め付ける。


「手伝ってあげただろう? これくらいはもらわないと、割に合わないな」

「気安く触りすぎね」

「これくらいはもらわないと、割に合わないな。俺も受験生だから、忙しいし」

「どこがよ。余裕綽々しゃくしゃくって顔だし、態度じゃない」

「これは、地なもので」


「随分、老けてるわね。若さもないわよね。パワーが足りないんじゃないの?それじゃあ、彼氏も降格よねぇ。私はね、パワーもある方が好きなの。途中で充電切れなんて、情けないものねぇ」

「それは、スタミナのことを言っているのか?」

「さあね」


 おもしろそうにその口を歪めていくアイラの前で、廉は淡々とアイラの腕をもう一度引っ張るようにした。


「スタミナは知らないけど、パワーね、パワー」

「あっ――ごめん! ――ごめん、見るつもりじゃ……」


 トイレから戻ってきた龍之介の目が飛び出さんばかりに大きく見開かれていた。あまりの至近距離で二人が並んでいるので、龍之介は仰天の極致だ。


「ごめん、見るつもりじゃ――」


 パッ、と向きを変えて大慌てで戻っていきそうな勢いの龍之介をアイラが呼び止めた。


「龍ちゃん」


 ピタッと、足を止めた龍之介は、ちょっとだけ後ろを振り返るようにする。


 アイラはその龍之介を見ていたが、その横顔にいたずらっぽい色が浮かび出して、アイラが廉に向き直った。


 何かやるな――と構えかけた廉の前で、アイラが自分の腕を廉の頭の後ろに持っていき、廉を引っ張るようにしてアイラが廉にキスをしてきたのだった。


「!!」


 龍之介の目が大きく見開きすぎている。おまけに、唖然としているその口が開けられ、龍之介はアイラと廉を見たまま完全に硬直していた。


 目を閉じる余裕がなかった――のか、随分、官能的で濃厚なキスをしてみせるアイラの前で、龍之介は完全に頭が真っ白状態である。


「甘いの嫌いなんでしょう?でもねぇ、私は甘いのよ。極甘かも」


 唇を離していくアイラが、ペロッと自分の舌を軽く舐め上げて、その瞳が挑戦的に妖しげに輝いている。


 それから、ストン、と座り直したアイラは、全く何事もなかったようにまた自分のアイスクリームをつまみだしていく。


 廉が自分の手を口にちょっと当て、その顔はなんとも言えぬように、少しだけしかめられていた。ちらり、と龍之介の方に視線を向けると、そこでは完全に硬直して口を開けたまま立ち尽くしている龍之介が全く動かない。


「やることが、派手過ぎなんじゃないか」

「キスすれって要求してきてのは、そっちでしょう。ありがたく思いなさいよね」

「それも、龍ちゃんの前で――」

「龍ちゃんもして欲しいなら、してあげるわよ」


 頭が真っ白で、思考だって働かない龍之介だったが、フルフル、フルフルと大急ぎで首だけを思いっきり振っていた。


「そんな風にあからさまに拒絶しなくてもいいじゃない。傷つくわ」

「ごめん――でも――ごめん――でも――でも――」


 いまだに、龍之介はフルフル、フルフルと思いっきり首を振っていた。


 その様子を眺めながら、アイラは少し首を倒し、

「龍ちゃん、そんなに否定しなくてもいいじゃない。私にキスされたくない男なんていないのよ」

「そこで、断言もするし」

「事実よ。これだけのいい女、男が放っておくほうがおかしいじゃない」


 廉の視線が少しだけ横を向いていた。


 それで、アイラの冷たい眼差しが返され、

「女に負かされたからって、一々、拗ねないでよね。腕が足りなかっただけの話じゃない」

「俺は甘いのは、特別、嫌いじゃないんだ。ただ、その気がない時は、食べることに興味がないだけなんで。食べようと思えば、いつでも食べられる」


 挑戦にやる気じゃない――とアイラの瞳が細められ、アイラもお返しやる気満々である。


「老けてるし、パワーもないし、精力切れしそうだし、続かないわよね。私はまだピチピチだもの」

「試してみないと判らないだろう?勢いありそうなのは、すぐに燃え尽きそうだし」


 廉も全く態度を変えずに飄々とそれを言い返す。


 バチバチ――と得も言われぬ火花が二人の間で飛び交っていた。


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