その9-04

「―――二人には、本当に迷惑をかけた。十分に済まないことをしていると判ってるんだ。何を言っても言い訳のようにしか聞こえないだろうが――ありがとう。君達のおかげで、あいつらを捕まえることができたんだ。――くだらない、狂ったバカ共の余興なんかに傷つけられて――たくさんいるから。もうやめさせなきゃ――」


「だから、協力してあげたでしょう。このツケは高くつくわよ、佐々木さん」

「わかっているよ。後で十分に支払うつもりだから」

「もちろんよ。それより―――手際が良すぎじゃないの? 囮捜査にしては、たかが1回目の偶然でビンゴ、なんてね」


 佐々木はちょっとアイラを見返して、複雑そうに顔をしかめながら、

「―――勘がいいね……、アイラちゃんは」


「囮どころが、ガセでもなかったって言うのね。初めからこの場所が目的だたんでしょう? ――やってくれるじゃない、佐々木さん」

「二人には――感謝してもしきれないほど、感謝している。これは――2度目の犯行の時に――被害者が――抵抗して、その時につけた傷で、一人、捕まえているのがいるんだ。それで――一人がいなくても、残りはやめる様子もなかった」

「だから、私を利用したわけね」


「利用じゃ――なかったんだ。君の……協力が必要だったんだ――本当に済まないと、思っている……」


 アイラは廉の腕から離れて、土埃で汚れた制服をパンパンとほろうようにした。


「病院」

「ああ、判っているよ。警官の一人に連れて行ってもらうといい。その後、一応、事情聴取が必要になると思うんだが―――」

「だったら、明日にしてください。もう遅いし、家に帰る時間ですから。学校もあるので、放課後になりますが」


 佐々木に話す隙も与えず、先手も打って、廉が淡々と話を決めてしまった。


 佐々木は何かを言いかけたが、少し溜め息を吐き出して、

「じゃあ――明日に――」


 それから、もう1台のパトカーがやって来て、暗いその場がパトカーの明りを反射して、辺りを照らし出してていた。


 その騒ぎを聞きつけてか、野次馬がポツリ、ポツリと集まり出し、事後処理をしている佐々木と数人の警官を残してアイラと廉は近くの病院に向かって行った。





「今夜のバイトどうするの?」

「もう遅刻だわ」

「そうか。だったら、映画に行く?」


 手当てを終えて、病院から歩いて帰り出した二人の元で、アイラは目だけでなく、顔までも向けて廉を見返した。


「遅いじゃない」

「そうだね。でも、すぐには寝ないだろう?」

「今更、映画になんか行かないわよ。面倒臭い」

「ビデオ、っていう手もあるけど」


 それで、アイラの目が細められていく。


「そんなに私を家に連れ込みたいわけ?欲求不満もいいけど、他の女でやればいいじゃない」

「浮気はしない主義なんだ」

「浮気する男は一発でのすけど、別に、あなたが浮気しようが私には関係ないわ」


「全然、彼女らしくないじゃないか」

「彼氏らしくないじゃない」

「どこが?」

「全部よ」

「そうかな。――君のお兄さまに、君がどれだけ危険なことをしているかバレるよりはマシなんじゃないかと思ったけど」


 アイラの片眉が少しだけ上がった。


「どうやって告げ口するって言うの?」

「聞けば済むことだ。あのヤスキって言う人に。友人が君を心配して電話してきた、とでも話せば済むだろう?」

「セコイわね」


「それに、あの人の家に送る手間が省けるから」

「送れ、なんて頼んでないじゃない」

「一人では帰さないだろう、いくらなんでも。時間も遅いし、彼氏に昇格したし、当座は付き添いだから」


「まあ、随分、お役目に責任を持ってらっしゃることで」

「たまには、彼女らしくしたら?」

「誰が黙って言うこと聞くなんて言ったのかしらねぇ。――でも、彼氏らしくするなら、アイスクリームつけてよ。昼間、ケーキ食べそこねたから、ケーキもね」


「こんな時間に食べたら太るだろう?」

「うるさいわね。男が女の前で体重の話するなんて最低ね」

「ああ、君はそのままでも魅力的だから、そんなこと気にしなくてもいいんだよ」


 いかにも棒読みに、淡々と廉は言い終える。


「誠意がこもってないし、親がいないからって好き放題しまくりだし、女は勝手に連れ込むし、ホント悪人よね」

「アイスクリームとケーキはいらないんだな」

「私、ビデオはアクションがいい。ウサ晴らしに、派手なアクションのやつね」

「偉そうだし、注文は多いし、ひどいこと言いまくりで、普通だったら彼女になんてなれないな。こんなに言うこときいてあげてる彼氏もいないだろうに」


「私に貢ぎたかったら、勝手に貢いでいいのよ」

「おまけに、高飛車だし」

「それだけ価値があるから、私はいいのよ。女を連れ込んでるんだから、一々、文句言うんじゃないわよ」


「連れ込んでいるというより、勝手に押し入られてる感じもしないではなく」

「連れ込んでるじゃない」

「まあ、フラット(フラット式の共同住宅、主に英国で使用される。アメリカ英語ではApartmentのこと)してると思えば。多少、不愉快でもね」


 ツラッとそれを言う廉に、アイラの口元が思いっきり皮肉げに曲がっていた。


 それから、ビデオを借りた二人は、コンビ二に寄ってアイラの希望のおやつも仕入れて、廉のマンションに戻って来ていた。


 出会ってからというもの、アイラはかなり廉のマンションで寝泊りすることが多くなったが、海外生活が長いだけに、フラットをしている感覚でさほどそのことは深く考えていなかったのだ。警戒しない程度には、一応、廉を信用しているのだろうが。


 廉に全部支払わせて、ハーゲンダッツの抹茶アイスをおいしそうに摘んでいるアイラの横で、廉はアイラの額や足の擦り傷の手当てをしていた。

 保険がないアイラは手当てをしてもらうのでもなく、病院でただ廉を待っていただけだったのだ。


 今夜は、互いに鼻を突き合わせることもなく、難なく平穏無事な夜が過ぎていったようだった。





「――300円のパンツ。色気ないわねぇ。でも、背に腹はかえられないものね」


 廉の支払いで買っているのに文句ブーブーである。


 おまけに、レジの前で袋ごと引っ張って中身を伸ばしているようで、廉は横を向いて他人の振りをしようにも、会計は全部廉持ちだった為、その努力もむなしく終わってしまっていたのだった。


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