その9-03

 それでも、廉が言うとおり、アイラと廉の間にはちゃんと少し間があった。腕をアイラの肩と腰に回して、一見、抱きしめているようには見えるが、無理矢理、体を押し付けていることもなく、あちこち触りまくることもない。


 アイラは腕を上げて、軽く廉の肩に乗せながら、少しその顔を廉の顔の方に寄せるようにした。

 それで、廉も少し自分の顔をアイラの顔の方に寄せるようにする。


「いつまでここに立っていないといけないんだ?」

「さあね。5~10分程度で終わらせるような男を相手にするから、公園でなんかイチャつくのよ」

「俺は、人前で見せびらかせるような男じゃないから」

「そんなの知らないわよ。私は5~10分程度の男は相手にしないの」

「それも知らないことなのに断言するんだな――」


「仲がいいことでぇ」

「いつまでイチャついてんだよ。早く終わらせないのかよぉ」


 突然、アイラと廉の後ろから声がかかって、ハッと身構えたアイラがいきなり後ろに無理矢理引っ張り上げられた。


「―――!」

「おっと、動くなよ」


 アイラに手を伸ばしかけた廉の横で、ナイフがグッと横腹に押し付けられた。


 無理矢理、後ろに引っ張られた反動で、アイラがドシンっとしりもちをつく。


 一瞬、顔をしかめたアイラはすぐに起き上がりかけたが、男――二人組みが即座にアイラの肩を押さえつけ、地面にまた無理矢理押し付けられた。


 その反動で、男の膝がアイラの顔をこすっていく。


「――っ――!」


 一瞬、顔をそむけたアイラの元に、三人目が跨ってきて、ドカッとアイラの足に押し乗ってきた。


 それを見た廉が横の男を素早く払いのけた。


 うあっ――と横に吹っ飛ばされた男を見て、スチャッとアイラの顔にナイフが押し当てられた。


「動くなよ。この女がどうなってもいいのか?」


 ピタッと、廉の動きが止まる。アイラの元に三人、廉が払いのけた男が一人、全員で四人だ。


「――いってーな…。――くそっ!ふざけんなよ」


 廉に飛ばされた男が起き上がって、怒気も露にそこに立っている廉を蹴り上げる。


 咄嗟に半分庇った廉だったが、蹴られた反動で前に膝をついていた。


「お前、ふざけんなよっ」


 シュッ――と持っていたナイフが振り回され、腕で庇った廉の腕がスッパリと切れてしまう。


「…っ――!」


 切れた裂け目が深く、すぐにその周囲が血で染まり出していた。


「やめなさいよ」


 それで、男達の注意が反れたらしく、全員の視線がアイラに向けられた。

 キッ、と自分の上に跨っている男を睨みつけているアイラの顔を見て、上の男がにぃっと嫌らしく口を上げてみせた。


「へえ、随分、気ぃ強いじゃん。それも、どこまで続くかなぁ。大暴れして、叫ばないのかよ」


 へっへっ、と周りの男達がわざとらしく笑っている。


 スッと廉に向けた視線の先で、帽子を深く被った男がまだ廉にそのナイフの刃先を突きつけていた。


「助けを呼んだって、無駄だぜぃ。こんなトコに助けにくる奴なんているかよ」

「そうそう。大暴れして、「助けてぇ」って叫ばないのかよ」

「全然、動かないぜ、この女」


 つまらねえ、とふざけたことを言って、ヒタヒタとナイフの先でアイラの頬を叩いてみせる。


「おい、記念写真はどうしたんだよ」

「そうそう」


 こんな馬鹿げたことをしでかしているのに、アイラを押さえつけている男達は、全く戸惑う様子もなく、恐怖心もなく、自分達のゲームをまさに楽しんでいる顔つきである。


 アイラの頭元にいある男が自分のポケットから携帯を取り出して、その嫌らしくにやけた顔で携帯のカメラの場所を決め出した。


「ほら、にーっこり笑えよ。ハイ、チーズ――ってな」


 それと同時に、パシャ――と閃光が光って、アイラの頭元でカメラのシャッターが切られていた。


「だったら、そこにはいつくばってる男もなぁ」


 すぐに、またその男が膝をついている廉の方に携帯のカメラを向けて、パシャ――と次の一枚を撮っていた。


「知ってるか? これ、コレクションに出して、競走してるんだぜ。危ないのもインターネットで高く売れるしな」

「そうそう。泣きわめいて、大騒ぎすれよ。真っ裸になったところも、俺がちゃーんとキレイに写してやるからよ」


 くつくつと、男達が粋がって嫌らしい笑いを上げている。


 アイラの足に乗っている男が手を伸ばし、乱暴にアイラの着ているブレザーを押し開けた。ブチっ――とその反動で、簡単に上二つのボタンがはじけ飛んで行った。


「彼氏の前で他の男にられる気分はどうよ。こんなトコでイチャついてんだから、みんなに見せたいんだろ?」

「そうそう。さっさと見せろよ。彼氏の前で泣き叫べよな」

「抵抗しない女は、オモシロクねー」


 アイラの頭元の男が腕を伸ばして、ベストの上からアイラの胸を鷲掴みにした。


 ヒュ~――と、その胸を掴み上げて、男が口笛を鳴らしてみせる。


 キッ、とアイラが最高潮の嫌悪を見せてその男を睨み付け、手の平に握り締めるようにして掘り取った土をバッと投げ捨てた。


「――うあっ――!なんだよ――」


 後ろの男の顔を直撃したようで顔を背けた瞬間に緩んだ腕の隙を取って、アイラは片方の肩を外し――たかと思うと、その腕を振り上げて反対側に見える男の顔をパンチした。


「いてっ――!」

「お前っ、動くんじゃねーよっ!」


 アイラの足に乗ってる男が驚いて、咄嗟にその腕を振り上げてアイラに殴りかかってきた。


「……いっ――!」


「そこまでだっ!警察だ。動くなっ!」


 咄嗟に片腕で庇ったアイラの耳元に、突然、反対方向から叫び声と眩しい光が飛び込んできて、その場にバタバタと激しい駆け足が近づいてきた。


 男達は、一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、すぐに駆け足のする方を見返して、バッと立ち上がった。


「トンズラするぞっ――!」


 アイラの足に乗っていた男が一番に立ち上がり、即座に駆け出し始めた――その足を、アイラが思いっきり蹴り飛ばす。


「…うわっ――!!」


 足を引っ掛けられて、立ち上がった勢いのままその男が前にスッ転んでいった。


「警察だっ!全員、動くなっ!」


 佐々木の叫び声が周囲に響き渡り、バタバタと駆け寄ってきた数人が勢いも止めずにそこの男達を地面に押し付けて行った。


「動くなっ!」

「離せよっ――」


 抵抗する男達を後ろから羽交い絞めするようにして制服を着た警官達が、男達を地面に抑え込んで行く。手錠がすぐに掛けられ、まだ暴れている男達の頭下で、現行犯がどうの――と刑事が男達に叫んでいる。


 アイラはその光景を見返しながらゆっくりと立ち上がって行った。


Islaアイラ


 名前を呼ばれてアイラは顔だけを横に向けた。


 廉が静かにアイラの前に歩いてきて、その腕をスッと伸ばした。そして、ゆっくりとアイラを少しだけ抱きしめていくようにする。


『大丈夫?』

『虫唾が走るわ。あんなに触らせなくちゃいけないなんて。ああっ、無性に腹が立つ』


 いきり立った勢いでアイラがそれを忌々しげに吐き捨てる。


 だが、廉の腕の中にいるアイラは廉に少し寄りかかって、その腕から離れる様子もなかった。


『そっちこそ、大丈夫なの?』

『仕方がないね』

『悪いわね』

『うん、でも、まあ、これは君のせいでもないから。俺も参加するって言った手前、ある程度のことは予想していたし』


 アイラは少しだけ身を起こすようにして、廉の腕に自分の手を置くようにした。ナイフで切られた場所が、まだ血で染まっている。


『病院だわ』

『ああ、そうだね。君もすりむいたんだろう?地面に押し飛ばされた時』

『それも、仕方がないわね』


「アイラちゃん、大丈夫」


 二人のすぐ傍に、佐々木が寄ってきた。どうやら、あのバカ共を逮捕して、連絡を受けてか――待ち伏せしていたのか、他の刑事と一緒にあのバカ共のすぐ横で援助が来るまで見張っているようである。


「アイラちゃん、大丈夫?―――顔にちょっと傷が――」


 佐々木の方を振り向いたアイラの額にちょっとだけ血がこびりついているので、驚いた佐々木が腕をアイラの方に伸ばしてきた。


 ――パチン、と廉がその手を軽く払いのける。


「随分、遅い登場のようで」


 佐々木は廉の顔を見返して、ギュッと唇を少しだけ噛む。


「これ以上の被害でも期待していたんですか?一般人を巻き込んで、随分なことをする」

「傷害罪だけじゃ大した罪にもならないものね。ギリギリまで待って、罪の2~3個増やすの待ってたんでしょう?」


 アイラにも冷たくそれを指摘されて、佐々木は浮かなく曇り顔をみせる。


「――アイラちゃんに、危険な目に会わせるつもりはなかったんだ――」

「でも、現に病院行きですね」

「こっちの彼氏役も、ね」


 佐々木の顔が更に曇っていき、済まなそうにその肩がしょぼくれていく。


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