その9-01

 ガチャとドアを開けてアイラがその中に入っていく。そのすぐ後ろをついて来ている廉も、“SBZK PI”とロゴが書かれているドアを通り抜け行く。


 入ってすぐの横手にまたドアがあり、アイラはそのドアも勝手に開けて足を進めて行った。

 中に入った室内はそれほど大きな部屋ではなかったが、ドアのすぐ前に来客用のカウチなのだろうか、二人用の椅子が対になってその間にテーブルが置かれていた。


 そして、そのカウチの向こうには机が2個置かれていて、その周りには床から天井まである大きな棚がありとあらゆる壁をふさいでいた。

 その棚の中には散らばった本やら書類やらが山積みされていて、ガラクタのようなものもその上にまだ山のように積まれていた。


 放課後になり、なぜかまたアイラを迎えに行く廉と一緒に下校した龍之介がいるので、まずは廉のマンションに行き、龍之介の塾の時間までそこで勉強することになった。


 龍之介は真面目に勉強をし出し、廉も龍之介の英語を見たり、自分の勉強をし出したが、受験などとは全く関係ないアイラは一人気ままに、勝手に、テレビを見出していた。


 必死で、頑張って例題に苦戦している龍之介を傍らに、アイラは全く同情の手を差し伸べず、一人呑気にテレビを見ていたのだった。



「気を遣ってテレビ消す、とかしないの?」

「なんで? うるさくて勉強できないって言うならまだしも、龍ちゃんなんか、全然、テレビの音だって聞こえてないじゃない」

「俺も勉強してるんだけど」

「自分の部屋ですればいいじゃない」



といつも通りのアイラと廉の会話が続いて、それでも、必死の龍之介はものすごい形相をして目の前の例題と睨めっこしっぱなしだった。


 それから、龍之介の塾の時間が来て、龍之介が廉のマンションを後にすると、アイラも椅子から立ち上がって出かける用意をしだした。

 付き添いになっている廉は、アイラの後をついて、オフィス街から少し離れたこのビルにやってきていたのだった。


 二つある机の一つに座っている男性がいて、アイラと廉が入ってきてもさほど驚いた様子はなく、行儀悪く足を机の上に上げて座っていた。

 そして、カウチには背広を着たもう一人の男性が座っている。


 机にいる方は、揃えられた長さでもない髪を後ろで少し縛っていて、無精ひげがちらほらと頬や顎を覆っている。30前後の年齢なのだろうか。

 でも、無精ひげで隠れていない肌はまだ若いようで、もしかするとまだ30にはいってないのかもしれなかった。


 そんなことを考えながら、廉は中に進んでいくアイラの横で、カウチの横で立ち止まるようにした。


「4万4千円。払ってよね」


 机の前に立ったアイラは説明もなくその要求が先だ。

 それで、座っている男が眉を上げるようにしてアイラを見返す。


「なんだよ。そんな金なんてあるわけないだろ」

「あっちが払ったのよ。さっさと支払ってよね」


 机の向こうで、男は嫌そうな顔をしながらゆっくりと立ち上がった。重さが消えてギィと椅子がきしんでいく。


 男は後ろの棚の山積みになっている一部を払いのけながら、そこの奥にあった小型の金庫を開けて、中から何かを取り出している。そして、それが終わると、自分のジーンズのポケットから財布を出して、また中からお金を取り出した。


「1、2――4千円だ。全く、経費がかさばること。――ほれよ」


 アイラはお金を受け取ってそれを手に持ちながら、くるりと向きを変え、そこのカウチにストンと腰を下ろしていく。


「やあ、アイラちゃん」

「佐々木さん。そんなに待ちきれなかったの?」


 佐々木と呼ばれる男はアイラにちょっと笑ってみせる。


「まあ、そんなところかな」

「これよ。どうぞ」


 アイラは制服の内ポケットから袋を取り出して、ポトッとテーブルの真ん中に落とすようにした。


「ありがとう」


 佐々木と呼ばれる男はそれを取り上げて、自分の内ポケットにそれをしまいこむようにする。


「こちらの彼は?」

「同じ学校なの」

「そうだね。アイラちゃんの彼氏?」

「今日からですけど」

「昇格よ、昇格」


 ふうん、とまだ笑んでいるような顔をしている佐々木は、手前のカウチを廉に勧めるようにちょっと手を振ってみせる。


「立っているのもなんだから、どうぞ。汚い場所で悪いね」

「汚くて悪かったな」


 カウチを勧められて、廉はアイラの隣に静かに腰を下ろしだした。


「君はなんて言うのかな?」

「あなたは?」


 質問を質問で返されて、佐々木はなんだかおかしそうな笑みを浮かべる。


「俺は、佐々木と言います。一応、警視庁の刑事です」

「そうですか。では、こちらの人は?」

「彼は――」


「俺は柴岬靖樹ヤスキ。アイラの身内ね」

「ああ、知り合いのバイトと言う」

「そう。君はアイラの彼氏?こんなのと付き合うなんて、大変だろ? 全く手に負えないもんな」

「ヤスキ、うるさいわよ」


 アイラの身内と言う靖樹は冷たいアイラを簡単に無視して、カウチの方にやってきて、佐々木の隣にドカッと腰を下ろしていく。


「バイトさせてやってるのに、うるさいわ、偉そうだわ。俺も手を焼いてるんだよな」

「バイトしてやってるの間違いでしょうが。大したことないとか言いながら、随分、コキ使ってくれるじゃない。倍額だからね。それ以下にしてみなさいよ。カイリに言いつけるわよ」


 靖樹がグッと怯んで、あからさまに嫌そうに顔をしかめていく。


「お前、雇ってやってるのに、感謝はないのか?」

「働いてやってるのに、感謝がないじゃない」


 靖樹が更に嫌そうに顔をしかめた。そして、ふいっと廉に向いて、


「こんなの相手にしてたら、疲れるだろ? 全く、どんな育て方したのか、こいつの兄貴が全部悪い」

「お兄さんいるの?」

「いるぜ。それもタチの悪いのが。妹が可愛いのは判るが、まあ、変に育て上げたせいで、こいつは生意気だし、偉そうだし、手に負えない」


「うるさいわね。自分のことを棚に上げて、よく言ってくれるじゃない?」

「なあ? 判るだろ、俺の言ってることが」

「うるさいわね。自分だって、ミカに頭が上がらないくせに、なによ」


 それで、靖樹が嫌そうにアイラを睨め付けて、長い溜め息をこぼしていた。


「まあ、この二人はいつもこんな感じだから、君も気にしないで」


 そこに座っている佐々木刑事は、一人、にこやかに廉に話しかけてきた。


「それより――君がアイラちゃんの彼氏なの?今日から――ってことは、この事情に関わってきたのかな?」

「関わってませんが」

「そうかな? さっきのあの袋を見ても、全く訝しんでいるようには見えなかったんだけどな」

「ああ、これはいっつもそうなのよ。変に動じないし、顔の作りが変わらないの」

「また、扱いだ」


 一応、廉をかばっているのだろうが、それでも、廉はきちんとそれを指摘する。


「君達、仲がいいんだね。本当に彼氏と彼女みたいだ」

「誰が?」


 即効で否定するアイラに、それを無視している廉である。


 その二人を見て、佐々木がくすっと笑った。


「見掛け倒しじゃなくてカップルに見えるなんて――いいなぁ。青春だな」

「おい、やめろよ。どうせまた、これは使える、とか考えてるんだろうが。これ以上、こいつを変なことに使うなよ。こいつの兄貴に何言われるか判ったものじゃない」

「そんなつもりはないんだが」


「だが、なんだよ?お前は、その袋でも持って、さっさと退散しろよ」

「せっかく遊びに来てあげてるのに、ひどい扱いだな」

「お前の遊び――は、いつも必ず裏に何かあるんでな」


「ひどいな」

「だから、さっさと帰れ」

「ひどいな」


 佐々木は、傷ついたような顔をみせてその手を胸に当てて見せた。だが、靖樹は全くの無視状態だった。


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