その8-03
* * *
ガヤガヤと賑わう食堂の一角で廉を待っていた龍之介は、戻ってきて廉とアイラを見て、恥ずかしげもなく大きく口をポカンと開けてしまっていた。
仲良さそうにアイラが腕を組んで、廉の隣を歩いてくる。
「おや、随分、仲が良いことで」
もちろんのこと、その光景を眺めている大曽根と井柳院がからかうようにそれを言う。
「今日から彼氏なので」
「昇格よね、昇格」
「え? ――廉が彼氏? 柴岬の彼氏? ――ええぇぇぇぇっ!?」
「そんな素っ頓狂な声をあげなくてもいいじゃない。周りに迷惑よ、龍ちゃん」
今までの態度とは大違いに、アイラが龍之介の隣に簡単に腰を下ろす。
「お腹空いたぁ」
そして、アイラの隣に腰を下ろした廉に向かって、アイラがなんだか媚を売っているようである。
「お腹空いた」
廉はそのアイラを無視して、なぜかは知らないが大曽根に向かってそれを口にする。
唖然と口を開けている龍之介は、その会話の方向を行ったり来たりだ。
「ああ、スポンサーがいるもんね。お腹空いたの。私、その定食みたいなのがいい」
「俺も同じので」
大曽根の口元が笑いを堪えているのか、口を曲げているのか。それから、仕方なさそうに立ち上がり、
「デザートは?」
「もちろんいるわよ。ケーキが残ってたら、ケーキね。それじゃなかったら、ジュースでも買ってきて」
「ああ、コキ使われる役ですか、俺は」
「そうね。お腹空いたの、早くね」
仕方なさそうに買い出しに行く大曽根ではあったが、ほんの一度だけ、アイラを睨め付けていたのは間違いない。
「龍ちゃん、そこで固まってないで、しっかり食べなさいよ。次の授業があるんでしょう?」
簡潔に、淡々と言いつけられて、龍之介はそれで自分の昼ごはんを思い出したようだったが、未だ理解できない――といった風に首をひねっている。
「なんで――? 廉が彼氏? ――彼女? 柴岬が? 突然、なんで? いつから? 一体、どうやって? ――ええ? 知り合ったばっかじゃん」
「知り合う時間なんて、さほど問題にすることじゃないじゃない。私がねぇ、欲しくて溜まらないの。だから、仕方なく、彼氏に昇格なの。わかる?」
「欲しくて――わから、ない……」
かぁ……と頬を染めてしまった龍之介は、バツが悪そうにちょっとうつむいてしまう。
「龍ちゃんは可愛いのね。反応が新鮮だわ。錆びれた男を相手にするのは退屈だから、龍ちゃんなら良かったのにね」
「そんな、こと、ないぜ――」
平気でそんなことを口に出すアイラに、龍之介の顔が益々赤くなっていった。
「廉は……モテると思うから――いいと、思うし……」
訳の判らない説明で、手助けにもなんにもなっていなかった。龍之介は言葉に詰まって、つい、水の入ったグラスに手を伸ばし、それをゴクゴクと飲み干していく。
ふうん、と気のなさそうなアイラはその視線だけを隣に向けて、浅い艶笑を口元に浮かべいく。
「私を抱きたい?」
「抱いていいの?」
ぶぶーっ――と龍之介がその場で飲み込んでいた水を一気に吹き出してしまった。
「おい、菊川。落ち着けよ、汚いな」
龍之介の被害をもろに受けた井柳院が顔をしかめて、そこにあったテーブルナプキンで自分の制服を拭き出した。
「あっごめんっ。でも――」
かぁ……と言葉を出す前に顔が染まってしまって、それを自覚している龍之介の方が恥ずかしくて、おまけに頬が熱くて、龍之介はその場で困ったように言葉が出てこなかった。
だが、アタフタと驚いている傍らで、アイラは嫌そうにその冷たい目を向けて、廉を睨め付けていた。
アイラの挑発をものともせず、全く動じずに、抱いていい? などと平静に淡々と聞き返してくるのである。どうにも侮れない男である。
「お前達、イチャつくのは勝手だけど、菊川のいないところでやれよ。毎回、水を噴かれたんじゃ、こっちの身がもたないな」
まったく、とその場で井柳院一人だけが何事もなかったかのように冷静で、慌てふためく龍之介の前で、全く普段と変わらずに自分のランチを食べ終えていたのだった。
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