その8-02

「お願い……もう――我慢、できなくて……」

「まあ、そうだろうけど。ゆっくり使えばあと1週間は持っただろうに、そこの彼氏と二人で派手にやったんだろ?そりゃあなくなるのが早いよな」

「ねえ――お願い……」


 バッ、と制服のポケットからアイラが自分の財布を取り上げて、中から数枚のお金を取り出した。それを目の前の生徒に押し付けるようにして、


「これ、お金。だから、早く――」


 男子生徒はアイラが押し付けてきたお金を取り上げて、それを一枚ずつ数え出す。


「そっちは?」


 それで、廉も慌てて自分の財布を出し、中に入ってる1万円札と何千円かを生徒に手渡すようにした。


「1万4千円か。まあ、仕方ないな、今回は」


 男子生徒がまたサッと周囲を確認し、それから満足したように頷いて、自分のブレザーの内ポケットから小さなビニール袋を取り出した。


 アイラがガバッとその袋に飛びついていく。


「おっと。そんな焦るなよ」


 男子生徒がからかうようにその袋をアイラから遠ざけるようにした。それで、嫌味そうな嫌な笑みを浮かべていき、


「今回は仕方ないから、これだけで譲ってやるんだぜ。次は、しっかり払ってもらうからな」

「わかってる……」

「それに――俺にも少しはサービスしたらどうなんだよ?」

「サービス?」

「そうそう。彼氏とヨロシクやってんだろ? だったら、俺にもやってくれよ」

「そんなっ――」

「ダメだよ…」


 まだ周囲を警戒したように伺っている廉が、少しだけアイラを自分の方に引っ張るようにした。


「なんだよ、それくらい。これが欲しくないのかよ」

「でも、そんなの……ひどいっ……――」


 今にも泣き出しそうな顔をしてアイラは、ぎゅうっと廉の袖を強く握り締めた。


「お金……返して、ください……。――やっぱり、やめよう…」

「でも……――」

「だって――」


 二人揃って途方に暮れたような顔をして、それからどうしていいのか判らないのである。


 それを見ていた男子生徒が、くつくつと肩を少し揺らし出した。


「青春してるなぁ。それでも、他の奴に知られるのは嫌なんだろ?たてまえもあるもんな。この学校にいるんだったら、品行方正じゃないとダメだしな。――ほれよ」


 ぽいっと、男子生徒が無造作にその袋を投げて寄越し、ぽとっと地面に落ちた袋を、アイラが大慌てて取り上げていた。


「次はきっちり払ってもらうからな。あんまり長く固まってたら怪しまれるしな。――それより、あんた、いい仕事があるぜ」

「仕事……?」


 袋を握り締めて安心しているアイラの背に男子生徒が声をかけた。


「ああ。仕事するなら、もっと簡単にオクスリが手に入るぜ」

「本当?」

「ああ。俺の知り合いに言ったら、簡単に譲ってくれるだろうさ。あんたの――体も、悪くないだろ?」


 そう言った男子生徒の目が嫌らしく上から下へと動いていく。


「その気になったら、いつでも話に乗るぜ。――こんなとこで、吸い込むなよ。見つかったら取り引きがオジャンだ」

「わかってる……」


 男子生徒はアイラが頷くのを見て、またきょろきょろと周囲を伺って、すぐに足早に歩き去りだしていた。


 タタッ、と向こうの方で駆け足に変わっていく足音が聞こえる。


「――表彰並みだ」

「そっちもね。中々、やるじゃない」

「それは、どうも」


 無表情に変わったアイラが淡々と口を開き、廉も淡々と少しだけ走り去って行った向こうの方を眺めている。


「虫唾が走るわ、あの男。欲求不満が溜まり過ぎね。ああ、気色悪いったらっ」


 忌々しげに手に持っている袋を自分のブレザーの内ポケットに入れるようにして、アイラは行き場のないその鬱憤に、腹立たしげにあっちを睨み返す。


「今日から彼氏だ」

「その方が取り引きしやすいのよ。次の分までまだ時間があるから。――よく判ったのね」

「なんとなく、ね」


「龍ちゃんは?」

「食堂だよ。大曽根と井柳院が席を取ってるはずだから。迎えに来た途中だったんだ。――丁度いい時だったみたいだな」

「そうね」


 それで廉がアイラに向き直った。


「それは認めるんだ」

「その為に取り引きを早まらせたのよ」

「じゃあ、迎えに来る途中だった?」

「そうね」


「なるほど。――こんなに頻繁だとは、思いもよらなかったな」

「かなり、使い込んでるのがいるんじゃない?超進学校で、受験も間近だかもの、ストレスも溜まっているでしょうよ」

「そうかもしれないな」


 行こう、と廉が促して、二人は静かに歩き出した。


「それ――どうするの?」

「知り合いに渡すだけよ。そっちが警察と知り合いだから」

「中身の結果はどうするんだ?」

「知りたいなら、そう伝えておくわ」

「たぶん、大曽根が知りたいだろうから」


「取り引き分は後で返すわ」

「返ってくるんだ」

「一応はね。私の仕事に首を突っ込んでくる方が間違ってるけど、取り引き分は別よ。払わせるから、いいのよ」


「あの誘いは乗らない方がいい」

「乗る気もないけど、どうかしらね。状況次第だわ」

「今日から彼氏なのに、彼氏の言うことも聞かないんだ」

「彼氏らしく振る舞うのね」


 廉は歩きながら横を向いて、隣で澄ましているアイラを見やる。


「彼女らしく振る舞わないの?」

「私はいいのよ」

「どうして?全然、彼女に見えないだろ」

「十分に見えるじゃない。こんな可愛い彼女をもらえて、幸運に思うべきよね。尻に敷かれるタイプになってるから、それでいいのよ」


 廉は無言でまた前を向き直り、

「だったら、デートはないの?」

「ないわよ」

「どうして?」

「デートする気がないから」


「そう簡単にすっぱりと断られたのは初めてだな」

「女には、困ってなさそうな感じよね。遊び慣れしてるわ」

「してないけどね」

「してるわ。だから、そういう男とは付き合わないの。チョロチョロするし」


「君は俺のことを全く知らないのに、随分、俺の性格を決め付けてるんだな」

「そうかしら?」

「そうだよ」


 アイラはその瞳をいたずらっぽく輝かせて、スッと廉の腕を組むようにした。


「レンちゃん、お腹空いたぁ。金欠なの、今日ぉ」


 これには、さすがの廉も、しらーっとその冷めた目をアイラに向けずにはいられなかった。


「本当に表彰ものだな」

「トロフィーじゃなくて、お昼ご飯ね」


 よろしく、と妖しげに微笑えで、アイラは廉の腕にぶらさがったままだった。


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