その8-01

 授業終了の鐘が鳴って、生徒達がガタガタと机の間を動き始め出した。


「昼だな。じゃあ、きちんと連れておいで、な? 一緒にいる所を見られた方がこっちも動きやすい」


 他の生徒達が動き出すと同時に、なぜか珍しく大曽根が廉の机に寄ってきて、それを言い聞かす。


 名前順で席が決められているので、廉の少し斜め前方に座っている龍之介が不思議そうに振り返った。


「誰、連れてくんの?」

「ああ、藤波の付き添い」

「廉の付き添い? 誰それ?」

「龍ちゃんも知ってる子だよ。なんなら、龍ちゃんも一緒に迎えに行けばいい」


「俺が? 廉の付き添いを? ――誰それ?」

「柴岬藍羅ちゃん」

「柴岬ぃ?! ――なんで? なんで、廉が迎えに行くんだ?なんで?」


「実はね、彼女のバイト関係でここの藤波は藍羅ちゃんの付き添いになったんだ」

「廉がバイトの付き添い? 柴岬のバイト? どんな? なんで? いきなり、どうしたんだよ」

「たくさん質問もあるだろうけど、まず、席取りに行かないといけないから、俺達は先に行ってるな」


 じゃあ、と説明も中途半端に大曽根が井柳院と動き出してしまって、それを見送っていた龍之介だったが、まだ満足していない顔を廉に向けた。


「なんだよ、付き添いって。なんで柴岬のバイトの手伝いするんだ? 試験近いだろ?勉強に専念しないのか?」

「勉強はするよ。ただ、そういう方向に話が進められて」

「なんの話? 柴岬と? 廉と柴岬って仲いいの?」


「仲――はどうだろう。あっちは偉そうだし」

「それは――そうか? でも、廉が相手だったら、大人しい子よりは、少し偉そうな方がいいかもな」

「どうして?」


「うん? だってな、廉って全然動じないじゃん。大人しい子だったら、きっと廉の後を大人しくついてるだけで、文句も言わなさそうだもんな。少し偉そうだったら、多少は廉をかき乱せるし、いいんじゃない?」

「かき乱される必要はないんだ」


「でも、廉ってホント何にも動じないじゃん。肝が据わってる、って言うかさ。俺はすごいと思うけど、揺さぶらされない廉が慌てふためくのを見るのも――ちょっと、いいかも」

「君の熱い友情を受けて、俺も光栄だよ」


 あはは、と龍之介は軽く笑って、少し廉を覗き込むようにした。


「皮肉で言ったんじゃないんだぜ。ただ、そういう場面を想像するとおもしろいな、って思うじゃんか」

「そうかな」

「そうだよ」


 廊下を二人で歩きながら、二年の教室に向かう為に階段を上り出した龍之介と廉の前で、その段の上にアイラがそこにいた。


「あっ、柴――」


 アイラを見つけてその名前を呼びかけた龍之介の前で、無表情にアイラの視線がスッと向けられた――見下ろされた――だったのだろうか。


 その視線だけが無言で動いて、なんだかその先が廉に一度だけ向けられたようにも見える。

 それで、なんとなくその雰囲気の悪さからか、呼びかけた龍之介は名前も出さずに、階段で止まってしまっていた。


 アイラが階段をゆっくりと下りてきて、タンタンとそこで止まっている龍之介と廉を無視して通り過ぎていく。

 挨拶どころか、まるで他人扱いで、通り過ぎていく際も全くこっちを見向きもしない。


「――龍ちゃん。先に食堂に行っててくれないかな?」

「え? ――なんで?」

「俺も後から追いつくから。そう大曽根に説明すればわかるよ」

「でも――」

「悪いね」


 それだけを言い残して、廉はスッと階段を下り出してしまった。


 その足早な動きが、なんだか通り過ぎて行ったアイラを追いかけていくようで、タッと踵を返した廉がすぐにいなくなってしまった。


 止める間もなく、追いかける暇もなくそこに一人残されてしまった龍之介は困惑を極めた顔をして、階段で一人立ち尽くしていた。



* * *



「そいつ――誰だよ」


 校舎裏の建物の後ろで、入り組んだ建物側に身を隠しているような一人の男子生徒が低い声で言い放った。

 その視線が周囲を警戒して、あちこちと動いている。


「私の……彼氏。――足りなくて……」


 アイラはちょっとだけ横を向くような感じで立っていたが、ギュッと廉のブレザーの袖を握り締めるようにする。


「一人で来るはずだ。なんだよっ。そういう手筈じゃないのか」

「わかってるっ。――でも、一緒に使って……。だって、勉強大変だって……」


 思いっきり顔をしかめてアイラを睨み返したような男子生徒は未だに周囲を警戒したように伺っている。


「……やっぱり、やめよう……」


 廉が顔を曇らせて、アイラと同じようにアイラの袖口を掴んで、ちょっと引っ張るようにした。


「やっぱり……やめよう。誰かに――見られたら……」

「でも……必要だって――」

「必要だけどっ――でも、やっぱり……」


 それで、廉までもその怯えたような瞳をさ迷わせて周囲を伺ってみせた。


「もう切れて……我慢、できないって――。だから……」

「でも――……やっぱり、やめよう……」


 今にもアイラを引っ張って、その場を去って行きそうな廉を慎重に見返しながら、その男子生徒が少しだけに前に出てくるようにした。


「あんたもやってるのか?」


 廉は少しだけその男子生徒を見返したが、眉間を寄せたまま何も言わない。


 それで、目の前の生徒の口元が少し歪んでいく。


「欲しいんだろ?」


 廉は何も言わなかったが、その切羽詰った様子を見ていれば、一目瞭然である。


「だから――買いたいの。持ってる……って言ったじゃない」

「言ったけどなぁ――」

「ねえ、早くして。誰かに見られたら――」

「この時間帯なら、誰もここには来ないぜ。だから、この場所にしたんだからな」


「でも――。お願い……早く、ちょうだい……。切れて――」

「我慢できないか?」


 アイラは唇をちょっと噛んで、何も言わない。


 それで、更にその生徒の口元が歪んでいく。


「取り引きは一人だけだ、って話だっただろ?」

「そうだけど――でも……」

「別に売らないとは言ってないぜ」

「本当っ!」

「ああ、でも、値段は倍だけど」


「そんなっ――。3万って言ったじゃない。だから、それ以外は持ってきてないもの……」

「だったら、今日は諦めるんだな。お金が揃ったら、また取り引きしてやるよ」

「でも――」


 泣きそうな顔をしてアイラは廉を見返してしまう。おまけに、どうしよう…と焦っているのは間違いない。


「俺は――1万もないけど……。でも――明日、持って来るから――」

「お願い……」

「どうしようかなぁ」


 焦って懇願してくる二人を見返しながら、生徒はその口を歪めて随分楽しいそうである。


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