その6-03
「そんなに急がなくても時間は十分にあるんだけどね。でも、遠回しも嫌だろうから本題に入ろうか。青森のどこから転校してきたの?」
「公立高校」
「そうだってね。でも、おかしいよな。“柴岬藍羅”っていう生徒の登録なんか、残ってないんだけど」
「へえ、そう」
「そう。青森のどこに住んでたの?」
「青森市」
「なるほど。“柴岬藍羅”って本名?」
「さあ」
「ふうん。だったら、この登録されてる住所は自宅なのかな?」
アイラの口元が薄っすらと上がっているだけで、それには答えない。
「おかしいなぁ。そう思わないか?どうして鈴鹿署の住所が自宅になってるんだろう? おかしいよね」
「随分、手際よく調べ上げたようで。それもこんな短期間で」
「まあ、それくらいはお手のものでして。君は何者かな? どうして、この学園に来ているんだ? ――龍ちゃんのように話をそらそうとしても、ダメだよ。俺達には通用しないだろうから」
にこやかなくせに、念を押すことは忘れていないらしい。
「別に、話はそらしはしませんけど」
「でも、話をする気もないんだ。困ったね。大騒ぎして欲しい?」
「さあ」
「ふーむ、君はなかなか手強いね」
「攻撃する駒が揃ってないんでしょう? 弱味でもないから、質問続けるだけ無駄よ」
「そうだね。だったら、興味で聞くけど、ここで何をしてるんだ? 問題になるようなら、俺も黙ってはいないんだけど」
「退学させる? 何を根拠に?」
「何でもいいだろう、この場合。俺は生徒会長だしね」
「そうね。学園を仕切る生徒会長さまだから、さぞ、信頼も高いでしょうね」
「そうだね。どうする?,君を見張らせてもいいんだよ」
脅迫まがいのことをあっさりと口にしていながら、大曽根は全く悪気ない顔をしている。
「君に撒けるかな?」
アイラは腕を組んだまま少し考える様子をみせた。
「私にお茶のサービスはないわけ?」
つらっと催促されて、大曽根の瞳が細められた。
「それは、失礼。俺としたことが、女性にお茶も勧めないとはね」
スッと椅子から立ち上がった大曽根は、後ろの棚に歩いていって、そこで紅茶のポットにお湯を入れながら、棚から紅茶のカップとソーサーを取り出していく。
それを両手で簡単に持ってきて、アイラの前のテーブルに置くようにした。
「どうぞ。お茶も出さないとは、失礼しましたね。これで、のんびり話ができそうだ」
アイラは口元を微かに歪めて、勝手に紅茶のポットから紅茶をカップに注いでいく。そして、優雅にそれを口に持っていき、
「今日は寒いわ」
「冬だからね。クリスマスも近いし、これから寒くなるだろう」
「そう」
「それで?」
「なにが?」
「お茶をサービスしただろう? その分は、説明程度はしてもらわないとね」
「そうねぇ。―――でも、胡散臭いし、信用できないし、裏でなにしてるか判らないし。だから、無理ね」
紅茶をすすりながら、簡潔にそれを締めくくられ、アイラがにこっと笑う。
それで、大曽根もにこっと笑い返し、
「胡散臭いし、怪し過ぎるし、信用できないし、裏でなにしてるか判らないから、やっぱり放っておけないよね。問題になりそうだし、いかにも問題を連れ込んできそうだし」
「お互いに信用してないんだから、話なんて無理よ」
「でも、俺は君の偽証の証拠があるしね。それに、学園はバイト禁止じゃないけど、やっぱりその種類にもよるだろうからさ」
そう言って、大曽根はにこやかなままスッと携帯をアイラに見せるようにした。
少し目を細めてそれを見やったアイラの顔が冷たく無表情になり、スッと廉を睨め付ける。
「セコイ真似してくれるじゃない」
「なんのことかな?」
廉はいまだに澄まし顔で、アイラのようにゆっくりと紅茶をすすっている。
「いかがわしい所でのバイトはね――うーん、ちょっと学園側としても奨励できるものじゃないし」
「嫌な男達ね」
「でも、俺はこれでも好かれるタイプなんだけど」
「どうだが。本性を知らないお嬢さん達が騙されてるだけじゃないの?」
「君は随分ひどいことを平気で言うんだな。ひどいな」
おどけてみせる大曽根は無視して、アイラは、さてどうしたものか、と紅茶をすすりながら、一人そっちの方を向いていた。
(嫌な相手だわ、まったく)
溜め息と、愚痴と、両方がこぼれてきそうだった。
「裏で――」
澄ました顔をしていた廉がその一言を出して、アイラはその目線だけを廉に向けるようにした。
「何してるか判らない二人だけど、まあ、くだらないことに手を出して自滅するようなタイプでもないかな。プライドがあるだろうし、ああいうのに手を染めて堕落してる自分達も許せないだろうし」
それはもっともな言い分ではある。アイラは瞳の奥で少々判断をしかねているようだった。
「君も自覚してるから、染めていないんだろう?だから、話しているんだけどね。自滅してる人間なら、別にあのまま放っておくし」
これも、この廉を見る限りでは疑いようもない言葉である。
「どうしようかしらね」
「どうするのかね」
アイラの真似をして大曽根が鸚鵡返しでそれを繰り返した。
「紅茶はあるけど、クッキーはないのね。残念ね」
「君ね、遠慮なく催促してくるのはいいけど、もう少し違う言い方がないかなぁ」
「偉そうだ」
ここぞとばかりに、廉がそれを指摘する。アイラが嫌そうに廉を睨め付けて、その視線を大曽根に移していった。
「君達、随分、仲がよくなったんだねぇ。それは、知らなかった」
「どこがよ」
「全部だよ、全部。そんなに仲が良くなっていたなんてな。まあ、でもクッキーはないけど、チョコレートクリームならあるよ」
「なんで?」
「買収用に買い集めたけど、本人は全く口つけないんで残ってるんだ。甘いのは好きじゃないらしい。でも、今回は取りに行かないから、自分で取りに行くんだね。そこの棚に入っているよ。一番右端の」
「レディーファーストはどうしたのよ」
「君のその態度がねぇ。なんだかレディーファーストしたくなくさせるんだよ」
「なによそれ」
嫌そうに大曽根を睨め付けて、アイラはスッと立ち上がっていた。
それで、言われたとおり、自分で勝手にその棚からパンを取り出すようである。
「ねえ、ティッシュはないの?」
「君ねぇ、本当に遠慮なく催促してくるんだね。――俺のハンカチでよかったらどうぞ」
「あら、そう」
アイラは遠慮することもなく大曽根が出したハンカチも受け取って、また自分の席に戻って行った。
「チョコレートで汚くなっても洗えばいいでしょう」
「ああ、そうですか」
大曽根は、すでにお手上げ、といった様子でそれ以上は指摘しないことにしていた。
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