その6-01

「へえぇ、そうか」

「ふうん。そうなのか」


 賑わった食堂内で、つい思い出した土曜の出来事を、龍之介が簡潔に大曽根と井柳院の二人に説明していた。隣で、廉は澄ました顔で一人ランチを食べているが、龍之介の前の二人――特に、大曽根の方はなんだか至極機嫌がいいようだった。


 なぜ、そんなに嬉しそうなのか龍之介にはよく判らなかったが、龍之介は一気に自分の食べていたうどんを流し込むようにして、

「それで、なんかな、柴岬ってすごい――って言うか、なんて言うか」

「そうかぁ。俺が知らない間に、なんだか、随分、話の展開が進んでるなぁ」

「おまけに、知らない間に、随分、仲良くなってるみたいだし」

「そうなんだ。俺も廉が柴岬と仲いいなんて、全然、知らなかったんだぜ」


 澄ました顔で座っている廉は、内心で、なぜそこまで話すのかな――と素直なままに龍之介が話すので、困ってしまう。


「それは、知らなかったなぁ」


 揃ってそれを口にする二人が、自然、その目を廉に向けて行く。


「知らなかったなぁ。そうかぁ、藤波君がねぇ」


 廉はそれでもまだ澄ました顔でご飯を食べている。


「藤波君も人が悪いな。俺達の仲なのに、そんなこと一言も話してくれないなんてな。別に、それでたくさんからかったりなんかしないのに」

「そんな隠し事しなくてもいいのにな」


 微かに口元を上げた廉はその二人の罠には釣られる様子もなく、まだ一人澄まし顔。


 それで余計に、大曽根の顔がにこにこと変わっていき、その笑顔のままで、大曽根がちょっとだけ龍之介に向いた。


「龍ちゃん、デザートのジュースなんて、買ってきてくれないよな」

「なんで?」

「いや、龍ちゃんのパワーなら今からでも購買のパンが買えるだろうし、やっぱり買収するには、それなりのものが必要だろう?」

「買収? なにを?」


 うん、とにこやかなまま大曽根が首を倒してみせる。


「いるじゃないか、ここに。買収しても釣られそうにない男が。でも、デザートのジュースに、まあチョコレートクリームとアップルパイ、それにチョココロネくらいあれば、少しは動じるかなぁ、と思ってね」


 大曽根の意味を理解しだした龍之介の顔が、おもしろそうに輝いた。それで、にかっと大きく笑ってみせる。


「そうか」

「これな。菊川、たくさん買えるなら、たくさんでいいぜ」


 井柳院が自分の財布から千円札を取り出して、龍之介に手渡すようにした。

 そのお金を受け取るや否や、龍之介がスクッと椅子から立ち上がった。


「ほんじゃ、俺は行って来るぜぃ」

「ああ、いってらっしゃい」


 見送られているのに、龍之介はピューっと勢いよくその場から駆け出して行ってしまった。その後ろに砂埃でも舞い上がってしまいそうな勢いである。


「ああ、さすが龍ちゃんだ」

「さすが、校内No.1の俊足」


 龍之介の後ろ姿は食堂を抜けて、遥か彼方に消えてしまっていた。


 それで、二人が改めて廉に向き直る。


「藤波君、随分、興味のある話だねぇ」

「二人で飲みに行って、おまけにその帰りは藤波君のマンションに泊まり込み、だなんて、手が早いなぁ」

「おまけに、あのちゃんが“すごい”らしいし」

「どんな“すごい”なんだろな」

「龍ちゃんは、時々、不思議な形容をするから。うーん、本当に」


 いつまでも白を切っている廉に、二人の口元に薄い笑みが浮かんでいく。


「やっぱり、未成年の飲酒は学校側としても問題になってくるから、ちょっとお話するべきかなぁ」

「そうなると、やっぱり、同伴の藤波君も一緒かな?」


 そうだな、とわざとらしく揃って同意する二人はなかなかのつわものである。


「龍ちゃんは告げ口したんじゃなかったと思いますけどね」

「龍ちゃんはただの興味、だろう? 告げ口――なんて、そんな下世話なことを考えるようなタイプじゃないし」

「ただの興味だろうな。素直だから」

「なんでも興味の沸く年頃なんだろうな。特に龍ちゃんは」

「なんで、そこまで隠すかなぁ、藤波君は」

「そうなると余計に怪しくなってくるけどな」


 二人が諦める様子もなく、じろーっと廉を見やっている。


 それで、仕方なさそうに廉は小さな溜め息をこぼして、

「会ったのは偶然だけど」

「ああ、じゃあ、その後が偶然じゃないんだな。なるほど」

「ただ、興味があって」

「そりゃあ、あるだろうね。なにしろ、一緒に飲み明かしたくらいだから」

「おまけに、泊まり込みだし」


 いつまでもとぼけていても、この二人相手だと、勝ち目はないだろう。


 廉がちょっとだけ向こうを確認するようにして、また仕方なく二人に向き直る。


「以前――龍ちゃんに話した、渋谷にたむろってる悪っぽいグループの話で――」


 大曽根の顔が、スッと真面目になる。


「ああ――そっちの方に興味があったか」


 ふーむ、と大曽根はちょっと顎をつまむようにして、


「だったら、やっぱりちょっとしとくべきかなぁ。偶然――で、会った感じでもないしな。藤波、特別にお前も生徒会室に来ていいぞ」

「へえ、それは寛大で。龍ちゃんは?」


「龍ちゃんは、まあ、受験勉強に専念してるのが一番だと思うんだが」

「確かに。わずらわしいことに首突っ込んでないで、勉強に専念するのが一番だろうな」

「二人とも、随分、大切にしてるようで」


 それを言われて、大曽根はその瞳だけをちょっと細めるようにした。


「まあ、それなりには、ね。龍ちゃんもいい子だから」

「そう、言ってたような。


 へえ、と大曽根の瞳が益々不穏げに輝いていた。


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