その5-03
「君は、化粧を落として毒気が抜かれたけど、それでもサギだからね」
「毒気? ふざけたこと言わないでよ。それに、ジロジロ見ないで」
「見てないよ」
「見てるじゃない」
「ジロジロ、じゃないから」
全くの無表情で、その冷たい眼差しだけが廉に返された。
「あなた、その態度が怪しいわね。超胡散臭いわ。わざとじゃないの?」
「これは、地なもので」
「それに、その丁寧な言葉遣いもわざとよね。ホント、胡散臭すぎるわ」
「これも、地なもので」
アイラの視線がいきなりスッと龍之介に向けられた。
それで、ポカンとしてそのアイラを見返す龍之介に、
「この男、一体、何者なの?」
「何者?――廉が?なんで?」
「胡散臭いじゃない」
「胡散臭い? 廉が? なんで? 全然、普通じゃん」
「これが?」
あからさまに疑わしげにアイラが廉に向かって指差すので、龍之介も廉を見返してしまった。
「これ扱い」
廉は自分のパンを食べながら、それをこぼす。
「なんで? 廉は普通じゃん」
「これのどこが普通なのよ。高校生のくせに、ボトルの半分は開けるは、あれだけ飲んでて、朝から妙に爽やか空気を振りまいてるし、二日酔いどころか、全然、こたえてないじゃない」
こんなにアイラが喋るのが珍しくて、龍之介は大真面目にその全部が言い終わるまで聞いてしまっていた。
「自分だってかなり飲んでるくせに、全然、こたえてないように見えるのは俺の気のせいかな」
「私はいいのよ」
それだけを言いつけて、アイラがまた龍之介に向き直る。
だが、二人のその会話を聞いていた龍之介は、その表情のままに、不可思議に首を倒していた。
「なんで、二日酔い? 廉が――お酒飲んだの? おまけに、柴岬も? なんで? 二人揃って、飲みに行ったのか?」
「行くわけないでしょう。これと」
「また、これ扱い」
「胡散臭い男は、これ扱いでいいのよ」
「それは、君にも言えることだろう?」
「私はいいのよ」
また、訳の判らない返答である。
だが、それで正気に戻った龍之介は大真面目な顔をして、じぃっとアイラを見ている。
「なに?」
「柴岬さ、やめた方がいいよ」
大真面目にそれを言われて、アイラはきょとんとする。
「柴岬、ああいうの、やめた方がいいよ。薬――だろ? 買ってたの見たんだ。ああいうのは、やめた方がいい。自分の体を大切にするべきだ。あんなのに手つけて一生台無しにしたり、自分の体、大切にしなかったり、そんなことするべきじゃない。薬なんかに手つけて、自分の体ダメにするなんて、やめろよ。あんなの、やめた方がいい」
あまりに真剣に、そして大真面目に龍之介がそれを口にした。
アイラはほんの少し呆気に取られていたようだったが、突然、ふっ、とその瞳が緩んで、その顔に微笑みが浮かんだ。
「龍ちゃんは、いい子だね」
「え?」
ふふ、と微笑えまれて、龍之介の顔がまたかぁ…と高潮する。
思っても見ない、突然の微笑みを投げられて、ドキドキとちょっとトキメイテしまったふがいない龍之介。
そんな所でトキメクなよ――とつい自分を叱咤してしまう。
「心配してくれてるの?」
「……やめた方がいい。薬なんかに手出すなんて、バカげてる」
「そうね。だから、心配する必要はないわ。何をしてるか、私も自覚してるから」
「自覚してるのに、薬使ってるのか? やめろよ、そんなこと」
「だから、言ってるのよ。自覚してるから大丈夫だ、ってね。薬は使ってないわ」
「使ってない? ――だったら、あれ――なんで?」
「東京は広い割に、世間は狭いのね」
理解ができなくて、龍之介の顔が、はあ?としかめられた。
その表情があまりに素直で、アイラがくすっと笑いを漏らしていた。
「龍ちゃん、いい子だね。なんでこんな男と友達なのか、不思議よね」
「こんな男は、余計だと思うけど」
「胡散臭い男は信用してないの。おまけに変態だし」
「その――変態、っていうのはやめてくれないかな。これだけ親切にされておいて、随分な態度だ」
「親切はありがたくもらっておくけど、変態なんてそこらにわんさかいるじゃない」
「俺はその一人じゃないんだが。変態扱いしないでもらいたいね」
「ジロジロ見ないでよ」
「それは、仕方がない。でも、悪意もなければ害意もないから、我慢するんだね。客観的な事実を述べただけだから」
飄々としてそれを答える廉に、しらーっと冷たい眼差しだけがまた返された。
「――ケンカ、するなよ。廉と、柴岬……そんなに、仲が良かったんだな。知らなかった」
ポソッと言われた最後の呟きに、アイラがいかにも嫌そうに顔をしかめてみせていた。
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