その5-02
廉はその龍之介に少し笑ってみせて、
「複雑な問題じゃないんだ。だから、そこまで困ることでもないんだよ」
簡単に締めくくられても、全く理解の域を超えている龍之介にはさっぱり意味が判らない。
「それより、先に朝食食べようか? それとも、あの女の子が戻ってくるまで待ってる?」
「え? ――俺は、どっちでもいいけど。シャワー――だったら……、すぐだろうから、待ってる、かな」
そうか、と廉は手早く自分のコーヒーを入れて、龍之介用のオレンジジュースも持ってきて、カウンターの上に置くようにした。
どうも、と礼を言った龍之介はそのグラスに手を伸ばして、そこで、少しそのオレンジジュースを見ながら何かを少し考え込んでいく。
「オレンジジュースが一大事的な問題だったとは知らなかったな」
「え?」
じぃっとオレンジジュースを睨むように凝視していた龍之介が、パッと顔を上げた。
「そういうんじゃ……ないんだけど……」
「けど?」
カウンターの椅子に優雅に座っている廉は自分のコーヒーに口をつけていく。
廉はいつもブラックでコーヒーを飲む。特別、苦そうにもしてなくて、自然にコーヒーを飲んでいる様子が、なんとなく大人っぽくて、龍之介は、その様子を羨ましげに眺めながら、自分のオレンジジュースを口に持っていった。
「いや……ちょっと……。――さっきの柴岬が……すごい、な……って」
「そうだね。あの体はサギだ」
ボッ、と龍之介の顔が真っ赤に染まってしまった。
いきなり居間にやってきたアイラに超絶驚いていた龍之介の前で、素足の上に短いスカートを履いて、その上は体にピッタリとしたスーツを着ていた。
短いジャケットだったのか、それでもその中に何かを着ているのか着ていないのかは見えなかったが、制服では見慣れない――細身なのに、すごい胸が大きくて、そうかと思えば、その腰がやけに細く、おまけに足も長くて――それで、あんな日本人もいるんだ――と感心しているのと同時に、どこに目をやってよいのか、目の毒――だったような感じだったのだ。
化粧をしていたあの顔は、くっきりと顔の輪郭を映していて、どう見ても高校生には見えなくて、かわいいかもな――との最初の印象と反して、なんだか毒気のある美人を見てしまった気分になってしまっていた。
「いや……そういう……意味で、言ったんじゃなくて――ただ、化粧してて、すごくて……。――なんか、すごいな、って思って……」
まだ顔を赤らめて、しどろもどろにそう言い訳をする龍之介に、くすくすと廉が笑い出してしまった。
「龍ちゃんは、かわいいな」
ボッ、とまた龍之介の顔が染まるが、極力、平静を装ってみせて、
「そんな、こと、ないんだ。ただ――すごいな、って思っただけで」
そこで、また居間に近づいてくる気配に気付いて、龍之介がパッと口を閉ざす。
さっきから、音もなく、ただ気配だけがヒタヒタと近寄ってきて、照れている龍之介だったが、妙な違和感を多少なりとも感じ出していた龍之介でもあった。
「着替え――どこだったっけ?」
「新宿で下りた所」
「俺のシャツがあるけど?」
アイラはちらっと龍之介を見て、また廉に視線を戻した。
「貸して」
「借りるから、じゃないんだ」
「借りるわ」
微かにアイラの眉間が寄せられ、その口調も忌々しげである。
くすっと笑った廉は、椅子から立ち上がって、スッと歩き出した。
「そこにオレンジジュースがあるよ。龍ちゃんの差し入れのご飯は、あっちで食べよう。ここは狭いから」
それを言い残して、廉が自分の部屋の方に戻って行った。
その場に残されたアイラと龍之介は互いに口を開くこともなく、アイラがカウンターの上にあるジュースのグラスを取り上げて、居間のソファーに座るようなので、龍之介も一応それに従って、自分のグラスを取り上げ、ソファーに向かった。
「どうぞ」
廉が戻ってきて、差し出された白いシャツを受け取ったアイラは、そこに座ったままシャツのボタンを外さずに、ススッと頭からスッポリ被るようにした。
その中でゴソゴソと腕を動かしたかと思うと、上の二つのボタンを外して、中から来ていたスーツを脱ぎ上げるようにした。それが終わると、スーツを横において、またわずらわしそうに自分の髪をかきあげた。
その様子を黙って眺めている龍之介は、また目のやり場に困って、ちょっとあっちの知らぬ方向を向いてしまう。
廉は背が高いので、背の高いアイラがそのシャツも着てもまだ丈が余っているようで、それを着込んだはいいが、短いスカートとシャツの長さが重なって、さっきよりも――なんだか、余計に目のやり場の困る格好になってしまった。
シャワーを浴びたついでに、さっきまでの化粧を落としたようで、サッパリとこぎれいになった顔は、本当にさっきとは別人のもので、随分、爽やかな顔つきに見えてしまう。
「龍ちゃんの推薦のお店なんだ」
廉がカウンターからパンの袋を持ってきて、そこのテーブルの真ん中に置くようにした。
「それはどうも」
今回は遠慮もなくパンをもらうようで、アイラが先にその袋から勝手にパンを取り出した。髪の毛が邪魔で、邪魔くさそうに横の髪をアイラが耳にかけていく。
その様子を見ていた龍之介の反応が、一瞬、止まっていた。
「なに?」
冷たい目で聞き返されて、ハッと我に返った龍之介は、カァ…と顔を染めながら、下を向いてしまった。
「なんでも……ない……」
じぃっと、観察するつもりはなかったが、つい観察してしまった龍之介の前で髪を上げたその横顔――に見惚れてしまったのだろうか。顎の線が妙にきれいで――そんな、普段、考えもしないことが頭に浮かんで、龍之介はそこで失礼ながらマジマジとアイラを凝視してしまっていたのだった。
たかが、年下の女子高生にここまでドキマギさせられて、恥ずかしいこと極まりない。
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