その4-02
龍之介はちらっと廉の顔を見上げ、少し顔をしかめたような表情をしてみせた。
「渋谷とかに結構たまってる奴とか、見たことないか?」
「ないな」
「そっか。結構さ……渋谷の裏とかにたまってる奴ら――っていうか、グループとかあるんだけどさ。高校生とかも多くて、大抵は、暇だからウロついてるような奴らばっかだと思うんだけど――でも、中には結構ワルもいるんだ。まあ、そういう噂を聞いただけだから、実際はどうなのかは俺も知らないけど、でも、俺もなんかタチの悪そうな奴らは避けて通ることにしてるんだ。モメごとになるのも面倒だしさ」
「そのワルっぽいグループにあの女の子が接触してたんだ。それとも、一緒にいたのかな?」
「一緒――じゃないと思う。でも――奴らからなにか買い取ってたのを見たんだ。ああいう奴らは、裏でも危ない薬とかかなり頻繁に使ってるらしいから、ああいう奴らに近づくのは危ないぜ。だから……柴岬さ、危ないことしてるのかなぁ――って……」
「なるほど」
「夜遅くても、結構、たくさんの女の子がたむろしてて、男とか探してるのもいるだろうけど、その反対で、ヤロー達が群がって女の子を探してるのもあるみたいだし、パーティードラッグとか簡単に手に入れることできるらしいんだ」
「詳しいね、龍ちゃん」
「大曽根が前にそんなこと話してくれたから。俺は――そういう現場を見たことないけど、やっぱり――柴岬のあれ……、薬……買ってたのかなぁ。――そんな感じに見えなかったけど――」
「見てくれだけでは、中身も判断しにくいだろうからね」
「そうだけど…」
電車を降りた二人は、特別急いだ様子もなくゆっくりと階段を上っていき、出口へと足を進めていく。
外に出て行くと、少し冷たい冬の風が通りを駆け抜けていった。温暖化で気象がかなりズレていたり、猛暑が長く続いていたが、そろそろ冬の到来を告げているようだった。
* * *
大分、遅い時間になっているのに、通りはまだたくさんの人で溢れかえっていた。ガヤガヤと、向こうでは数人固まったグループが音楽を聞きながら踊っているようである。こっちでは、電柱の前で固まって、携帯でメールをしているのか、チャットをしているのか。
この時間帯、街に出て通りを歩くことがなかった廉は、通りをゆっくりと歩きながらその光景を眺めていた。
思った以上に、若い――子供が通りでたむろっているようなのである。家に帰る必要がないのか、帰らないのか、見渡す限りでも、まだ学生というのがはっきりと判るほどの若い群がそこら中の光景に見ることができた。
少し裏を通ると、明るく通りを照らす電灯があっても、道端で座り込んでいる若い連中のグループやら、花壇の端に座り込んでいるグループなど、どれもすさんだ鈍い瞳を通りすがりの廉に向けて、タバコをふかしていた。クチャ、クチャ、とガムを噛んでいる汚い音がはっきりと耳に残ってくる。
廉は、特別、誰かを探していたというのではないが、龍之介の話を聞いて、多少の興味を惹かれた廉は、あの話を聞いてから一週間後の同じ曜日に外に出てきていた。
「柴岬藍羅」というあの女の子を探す目的もなかったのだ。
大曽根が龍之介に聞かせた話は、噂を知っているのか、その実態を知っているのか、塾と家の行き来をする龍之介を心配して、大曽根がそれをわざと聞かせたのだろうと簡単に推察ができる。
通りの端にたむろっているグループを無視するように先に進んでいく廉の傍らで、数人で固まっている若い女の子がそれらしい視線を頻繁に送ってくる。
こんなところで簡単に売春まがいの宣伝までもしているようで、廉はその様子をただ黙って眺めていた。
「ああ、そしてまた会うんだ」
まさか、龍之介が話した通りにあの噂の柴岬藍羅を目撃しようとは、廉も考えてはいなかった。その後ろ姿からでもはっきりと分る、派手な短いスーツを着こんで、ピンヒールなみの高いハイヒールを履いていた。
背が高い上に、あんなピンヒールを履いていたら、そこらの男共よりもはるかに頭一つ分背が高くなっている。
だが、視界の向こうでは、そんなことを一向に気にした様子もなく、横道から出てきた本人は、他の奴らに目もくれずにスタスタ、スタスタ、とその場を歩き去って行く。
短いスカートをはいて、スーツを着ているとは言え、随分あからさまに煽情的な体に密着した洋服である。いかにも男を誘っているのがありありとして、おまけに、それで男が自分を眺めているのも知っている強い歩調である。
「まあ、随分と化けたこと」
そのチラッと見えた横顔からでも、化粧をして、全く普段の高校生からかけ離れたその表情が伺えた。
「怪しいな」
「怪しいよな」
揃って繰り返したあの二人の言葉が廉の頭によぎっていた。
全く歩調も変えず、スタスタ、スタスタ、と足早にその場を歩き去っていく背中を見やりながら、廉の歩調も軽く上がっていた。だが、すぐ後ろを尾け回すのではない。
あのヒールの割には前を進んでいく本人の足並みが崩れず、どこに行くのかと思ったら、真っ直ぐに地下鉄の入り口に入っていき、あのままの歩調で階段を駆け下りて行ったようだった。
すぐ上の入り口の所に来ていた廉の耳にまでも、カンカン、カンカンとヒールが階段を蹴って行く音が届いてきていたのだ。
このまま移動するなら、そのまま放っておけばよいのだろうが―――
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