その3-02
「おい、そこで怯んでたら、なくなっちゃうぜ。早いモン勝ちだから。俺が買ってきてやろうか?」
「いえ――結構、です」
「だったら、なに食べるんだ?食堂だって込んでるから、食べるモンないぜ、今の時間なら」
「別に――いいです」
「昼飯食べないとダメだぞ。腹が減るだろ? 俺のやるから、一緒にこいよ」
「いえ、結構です」
「いいから、いいから。早く。こっちだよ」
一緒に行くなど同意した覚えもないのに、龍之介が意外に力強くアイラの腕を勝手に引っ張り出してしまった。
「結構なんですけど」
「いいから、いいから。食べないと腹減るだろ? 午後ももたないぜ、そんなんじゃ」
いいと言っているのに、全く聞く耳を持たない龍之介だ。混雑しているその場を器用にくぐり抜けて、グイグイと龍之介がアイラを引っ張って行ってしまう。
すぐ近くの食堂も混雑を極めていて、とてもではないが列に並べそうにない。座れる場所があるようにも思えない。
「あ、いたいた。――おーい、待たせたな」
勢いをつけてアイラを更に中へと引っ張っていく先にいる三人を見つけて、アイラの顔が引きつっていた。
「悪い、悪い。時間がくっちゃってさ」
こんなに混雑を極めているのに、どうやら龍之介の椅子は保護されていたらしく、廉の隣の椅子が空いていた。
三人も顔を上げた先にアイラが来ているので、またなんとはなしにじぃっとアイラを見上げていた。
「丁度、そこで会ってさ。買い出しする暇なかったから、一緒に連れて来たんだ。俺のと半分こ。――空いてる椅子がいるなぁ」
「結構、です」
「いいから、いいから。――あっ、あっちが空いた。シバザキ、そこに座れよ。俺、あっちの椅子かっさらってくるから」
返事を返す前に、持っていたパンをドサッとテーブルの上に投げ捨てて、龍之介は止める間もなく颯爽と向こうに走って行ってしまった。
残されたアイラの前で、シーンと沈黙が降りてくる。
「――どうぞ」
廉が隣の椅子を勧めるようにする。極力関わらないようにと考えているその場で、なぜまたこの三人に囲まれてしまうのだろうか。
アイラはチラッと椅子を見下ろしたが、全く座る気配がない。
「なにしてるんだよ。そこに座れよ。俺も椅子持ってきたぜぃ」
そこらの生徒にぶつからないように大急ぎで、その喧騒の合間をぬって駆け戻ってくる龍之介が、トンとアイラの隣に椅子を下ろすようにした。
「さっ、食おうぜ。早く座れよ、シバザキ」
無理矢理、引っ張られるような形で椅子に座らされたアイラは、全くの無言。
「なにがいい? 今日も元気にたくさん仕入れてきたんだぜ」
「――結構、ですから」
「なんでだよ。食わないと、腹減るだろ? ――まず、これから食おうぜ」
はい、と親切にもアイラに勝手にパンを投げてよこす龍之介は、自分のパンをすでに開けて、食べ出していた。
「シバザキ、って言うんだ」
目の前の生徒会長、大曽根がちょっとテーブルの端に手をつきながら問いてきた。
「どんな字?」
モグモグ、と勢い良くパンを平らげている龍之介も興味深そうに横を向いて、アイラを見やる。
「――柴に岬、です」
「芝生の“芝”?」
「
ふうん、と大曽根が良く判らない納得をしてみせる。
「変わった字だな。じゃあ、あいら、はどう書くんだ? ――あいら、っていうのも変わってる名前だよな。変わってるから、つけられた名前?」
「――ええ」
「ふうん。どういう字で書くんだ?」
前には生徒会長、横にはこの知りたがりの龍之介。反対には廉がいて、後ろは生徒で埋もれつくしている。どう取っても、今回は逃げ場がなかった。
「藍色の“藍”に、羅生門の“羅”」
「ふうん。それも、かわってるなぁ。俺なんか、龍之介だぜ。一人前に、男らしく――っていうんで、そうなったんだ」
「龍ちゃん、の方がお似合いですけど」
「それは――そうかもしれないけど――そうだけどさ。友達とかは、龍ちゃん、って呼ぶのが多いんだ。どうせ、ガキくさいから、そう呼ばれてるんだろうけど。――なあ、食べないと、休み時間終わっちまうぜ」
すでに三袋目を開けている龍之介が、手を出さないアイラをせっついた。
「開けようか?」
なぜ、そこで、そんなくだらないことを聞いてくるのだろうか。
アイラは視線だけを動かして龍之介とは反対に座っている廉を、ちょっと睨め付けた。
「結構です」
「じゃあ、食べないの?」
無表情ではあるが、忌々しげにアイラの眉間が微かに揺れていたのを、龍之介は見逃していた。
ビリッ、と無造作にパンの袋を開けたアイラは、中身を取り出してそれを口に持っていった。
「これ――どうも。いくらです?」
「うまいだろ? お金は、別にいいぜ。購買は他のところより、断然、安いから。学生の味方、ってな」
そう、とおざなりな返事をしたアイラはもらったヤキソバパンをモグモグと口にしていく。これを食べてさっさと退散すべし――との強い態度が伺えるのである。
「どこから、転校してきたの?」
食事を終えているのにまだそこに座っている大曽根は、動く様子もない。肘をついたまま、アイラをなんとはなしに眺めている。
「北から」
へえ、とまた訳の判らない相槌を返す大曽根は、ちょっと首を倒すようにした。
「どこの北?」
「青森」
「青森なの? へぇぇぇ、すごいな。そんな遠くから、わざわざやって来たんだ。青森弁、喋らないの? でも、すっかり標準語だよな。なんで、転校してきたんだ?」
どうして、隣の龍之介はいつも思い立ったらそのまま口に出して、質問攻めをするのだろうか。一気に思い立って、そのままに口に出して、特別、後先を考えていない口調だ。
「転勤で」
「へえ。じゃあさ、東京には大分慣れた? まだ来たばっかりなんだろ?学校来るまで迷ってないよな。ここの学校、ちょっと都心から外れてるし。敷地が膨大に広いから都心なんかじゃ、建てられなかったんだろうけど。でも、なんでうちの学校? やっぱり、進学目指してるから? ――まあ、大抵の奴は進学目指しだから、ここの学校に来るんだけど」
「進学目指しなの?」
「俺は――どこの高校でもいいんだ。大学に行ければ。ただ、うちの身内がちょっとうるさくて……」
ふうん、と簡単な相槌を返したアイラはもらったパンを食べきっていた。スクッ、と椅子から即座に立ち上がって、
「これ、ごちそうさま。それじゃあ」
止める間もなくその狭い隙間を抜けて、アイラはさっさと歩き出してしまった。
あまりの素早さに、龍之介のなにか言いかけた行動がポカンと止まっている。
「ああ、逃げられちゃった」
「素早いな」
「本当に怪しいな」
「怪しすぎかもな。後ろめたさがあるな」
ふーむ、とまた二人でそんなことを口にしている横で、龍之介は不可思議そうに顔をちょっとしかめてしまった。
「なんで、怪しい?」
「怪しいでしょう? あれは、ねえ」
「なんで?」
「だって、即効で逃げ去っちゃたじゃないか。質問されても、答えることもないし」
「話をいつもそらしている感じだな」
「そう――かな……」
そうそう、と二人があからさまに断言するので龍之介は、手元のパンをちょっと見下ろしながら、
「なんで――怪しいんだろ」
「さあねえ。理由がないと怪しくはないだろう?」
「そう、だけど――。廉も、そう思うのか?」
「さあ」
「思わない?」
「さあ。俺はこの二人みたいに機転が利くわけじゃないから、そういうのは分からないな」
つらっとして平気でそんなことを口にしているのは本心なのか、そうでないのか。
前に座っている大曽根と井柳院の顔が、
「よく言うぜ」
としらーっと白い目を向けていたのは間違いない。
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