第3話 チョコレート
「…茜?どうした?」
茜は、健太とのキスを思い出していた。
「ううん何でもない。それにしても偶然でビックリしたね。この辺に住んでるの?」
「うん。久しぶりにここのコーヒー飲みたくなってさ。ちょっとそこ座っていい?」
「うんいいよ。」
「すみません。コーヒーおかわりお願いします。」
「かしこまりました。」
久しぶりに会った健太は、背も高くすっかり大人の男になっていた。
カチャ
健太のコーヒーが運ばれてきた。
「行きつけなんだ。いい店だよねここ。」
「だろ?静かで気に入ってる。茜もこの辺に住んでるの?」
「ううん。私は隣町に住んでる。県境だよ。」
「そうなんだ。でも結構近くに住んでるんだな。元気にしてた?会うの何年ぶりだろうね。」
「高校の時以来だから…20年かな?」
「うわー、そんなに前?俺たちもすっかり中年だな。」
「あはは。そうだね。今考えると、青春時代ってあっと言う間だったよね。大人になってからの人生が長すぎてさ。」
「そうだなぁ。」
しばらく無言になる。
二人はコーヒーを飲んで喉を潤す。
(意外と近くに住んでたのに会わないもんなんだな。健太とはあのキス以来、ギクシャクして自然消滅になっちゃったんだよね。子供だったな、私。)
「茜、結婚したんだ。指輪してるから。」
「え?うん。小学生の子供もいるよ。」
「そっか。いてもおかしくない年齢だもんな。茜がお母さんかぁ。想像できないわ。」
「またそうやってからかうんだから。健太そういう所全然変わってない。」
「まぁね。俺中身は10代だから。」
「随分若い中身だね。私は20代前半ってとこかな。」
「あはは。俺と大して変わんないじゃん。」
(この健太の笑顔。久しぶりだな。)
目尻にシワが入った顔を見た茜は、改めて流れた時の長さを感じた。
「健太は結婚してるの?」
「いや、俺はしてない。してた、が正しいかな。」
「離婚したんだ。子供は?」
「いないよ。若くして結婚して、うまく行かなかったパターンかな。」
「そうなんだ。人生何が起きるか分からないね。」
「そうだな。茜も母親なんだもんな。不思議な感じ。」
「またそれ言う?そんなに母親らしくない?」
「いやいや、冗談冗談。立派に母親やってるんだろうなって想像できるよ。」
健太は腕時計をチラッと見る。
「さて、そろそろ行こうかな。再会記念におごるよ。」
「えー悪いよ。」
「いいよ。気にしないで。茜、コーヒー飲めるようになったんだな。」
「まぁね。あの時はこんな苦いの絶対飲めないーなんて思ってたけどね。」
ニコッと笑い、健太は立ち上がる。
会計を済ませて店を出る。
「じゃあ元気でな。子育て頑張って。」
「うん。健太も元気でね。コーヒーご馳走さま。」
笑顔で別れる二人。背を向けて反対方向に歩き出す。
駐車場まで戻り、料金を払い運転席に座る。
茜はおもむろに車のドアを開け、さっきのカフェ目掛けて急いで走る。
カフェを通り過ぎ、少し先を歩く健太を見つけた。
「健太!待って!」
茜の声に気付き、振り返った。
「茜?」
健太は全力で走って疲れ切った茜に近付く。
「…健太、あの時はごめんね。ずっと後悔してた。」
健太は茜の肩をポンと叩く。
「二人とも若かったんだよな。俺もあの後、茜に話す勇気が無かった。悪かったよ。」
「本当は嬉しかったんだけど、恥ずかしくて逃げちゃった。健太の事、好きだったのに…。」
茜の目から、次々と涙が流れる。
「泣くなって。化粧落ちるぞ!ほら、これ使えよ。」
「ありがとう。」
ティッシュで涙を拭き、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
「あーあ、目の下真っ黒だぞ。」
「え?やだー化粧品持ってきてないのに。」
「あはは。相変わらずだな。」
茜は勇気を持って、健太にチョコレートを渡す。
さっき買った、茜のお気に入りのチョコレート。
「渡しそびれて20年も経っちゃったけど、あげる。」
「…ありがとう。嬉しいよ。」
「一気に食べすぎて鼻血出さないでよ!味わって食べてね。」
「分かってるって。本当、ありがとう。」
バレンタイン前の偶然の再会。
二人はまた、それぞれ前を向いて歩き出す。
街に溢れるチョコレートの甘い香りを感じながら…
Bitter coffee 雨上がりの空 @ccandyy
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