3-5 もう一組の幼馴染も、問題が山積みのようだ

 押し黙った彼女を気遣うように、サリーは少し身を乗り出して座りなおした。


「清良ちゃんの幼馴染も軍人だって、前に話してくれたよね」

「はい……春に、アサゴに帰るって連絡がありました。だから……」


 どこか思いつめた眼差しを膝に落とした清良は白い手を握りしめた。


「帰って来たら、会えるんだと思っていたのに……」

「会ってないの?」

「……はい。ひと月ちょっと前に、婚約おめでとうって短い手紙が届きました。それっきりです」


 じわじわと目に涙を浮かべる清良の様子に、二人は顔を見合わせる。


「幼馴染の名を聞いても良いか?」

「え……?」

「知っている奴なら、君が泣いていたということを伝えられる」

「そうね。その幼馴染みにも何か、事情があるんじゃないかしら? 話を聞いてみないとね」

「……ありがとうございます。ケイ・シャーリー、今年で十八になる黒髪の──」


 やはりケイのことかと内心ほくそ笑み、それを誤魔化すように嗚呼ああと頷いたモーリスはソファーに深く腰掛けた。

 彼の相槌に思わず言葉を切った清良が再び口を開きかけたが、タイミング悪く、横に立った店員がお待たせしましたと声をかけてきた。

 清良の向かいに白磁のカップと、ティースタンドのケーキを取り分ける用の皿が置かれた。

 言葉をさえぎられた清良が少し俯いたのを気にかけ、サリーは小分けの皿を手に取ると──


「せっかくだから、ケーキを食べながら話しましょ。ほら、マカロン美味しそうよ」


 ティースタンドに並ぶ小さなマカロンと栗のケーキを取り分けると差し出した。

 空のカップにも紅茶が注がれ、それを手にした清良はモーリスに視線を向けた。


「……モーリスさん、ケイを知っているんですか?」

「知っている。俺の教え子だ」

「教え子?」

「あぁ、細かいことは話せないが、ケイは前線に立つ訓練のため、このアサゴに入ったんだ」

「そうですか……その訓練が忙しくて会えないんですね」


 すこし安堵したのか、笑みを見せた清良はカップの中で揺れる紅茶をじっと見つめる。そこにケイの顔でも浮かべているのか、まだ少し思い詰めた表情だ。


「私、ケイに嫌われちゃったのかな、て心配で……」

「アサゴに来る前は数年間、離れていたでしょ? ケイの都合が良くなれば、きっと会いに行くわよ」

「演習で外に出ることも多いしな」

「そうそう。休日は自主練する子も多いし」


 二人が励ますように言えば、うつむきかけた顔を上げた清良は唇を引き結び、すんっと鼻を鳴らした。

 紅茶の残るカップが受け皿に戻され、小さな音を立てた。

 心を落ち着けようとしたのだろう。ゆっくり呼吸を繰り返した清良は、居心地悪そうに座りなおすと辺りをちらちらと見た。その様子に、モーリスとサリーは顔を見合わせた。


「周りが気になるかしら。室内が良いなら、移動しようか?」

「いえ……中に入っても、気になっちゃうと思います。幸せそうなカップルが多いの、羨ましくて」

「羨ましい?」


 清良の言葉に二人が声を揃えて疑問を投げれば、彼女は再び寂しそうに笑って小さく頷いた。瞬きを繰り返す双眸そうぼうは悲しげで、今にも涙をこぼしそうだ。


「……ケイと最後に会ったのは、三年ほど前です。その時、必ず迎えに来るからって言われて……私、ずっと待っていたんです」

「でも、清良ちゃん、染野少佐の息子と婚約したのよね。報告に来てくれたじゃない」

「それは……」


 どういうことかと尋ねれば、俯いた清良はふっくらとした唇をきつく結んだ。

 何かを耐えているような表情に、サリーとモーリスは視線を交わして頷きあった。ここが染野慎士の何かしらの情報を聞き出す好機だと、直感したのだ。


「ねぇ、清良ちゃん。幼馴染の彼が好きなの?」


 その問いに細い肩がびくりと動き、ややあってから彼女は小さく頷く。だが肩を縮こませて俯いたまま、口を閉ざした。


「ストレートに聞くわね。私に相談って、婚約のこと? ケイとよりを戻せるなら婚約破棄したい、とかそういう相談?」

「それは……慎士さんにも、とても感謝しているんです。死のうかと思っていたところを、助けてもらって、だから……」


 突然の『死』という言葉に、サリーの顔が青ざめた。


「死のうって、どういうこと? 何があったの?」

「……それは、その……」


 声を震わせながら再び口を閉ざした清良は、スカートにしわが寄るほどきつく手を握りしめながら体を震わせていた。

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