2-4 少将ちゃんは優しすぎる出来た子です
聞き間違いだったんじゃないか。一瞬、そう思ったモーリスだったが、彼の驚いた顔に頷き返した綾乃は、もう一度同じ言葉を返した。
「無断欠勤です」
「あいつが?」
「病欠扱いにしましたが……ひどい二日酔いのようでした」
朝方、姿がないのを心配して宿舎に
無断欠勤という言葉を理解することが出来ず、モーリスはしばし考える。
昨夜遅く、大型魔物の討伐に出撃していた隊が戻ったばかりだ。今日は後詰めの隊がそのバックアップに追われている。その中、教官達は候補生の訓練や日々の業務も
長期遠征から戻ったジンが臨時教官として訓練に駆り出されたことにも合点がいった。次いで、モーリスは綾乃が教本を持っていたことを思い出す。
「あの……もしかして、今日の座学、少将ちゃんが?」
「二人の担当を代わりました」
「……言ってください。俺、座学くらい立てましたよ?」
この状況下で何をやっているんだ。と、モーリスはサリーに対して沸く怒りをぐっと押し込め、落ちかけたため息をスープと共に飲み込んだ。
(しかし、酔いつぶれるとは珍しいこともあるな)
サリーは一晩飲み明かしたとしても、翌朝には酔いの欠片も見せずに出撃ができる酒豪だ。過去、任務に支障が出るような飲酒の姿を見たこともなければ、酒にだらしがないという噂もない。
「モーリス、申し訳ないのですが、サリーの様子を見てきてもらえませんか? 私を部屋には入れたくないようでしたので」
「俺が行っても門前払いかもしれませんよ。あれも頑固ですから」
「……付き合いの長いモーリスであれば、サリーも心を開くかと思います」
自分はまだ付き合いが浅いからと曖昧に笑う綾乃は、紙幣を取り出してテーブルにそっと置いた。
「何も食べていないと思うので、何か、果物でも買って行ってあげてください」
紙幣の額は見舞い品を買うには十分すぎるものだった。どれだけの高級フルーツを買えというのだろうかと突っ込みを入れたい気持ち半分で、心の中でやれやれと呟いたモーリスは紙幣を手に取る。
「分かりました。では、おつりは少将ちゃんへのおやつ購入に当てますね。お疲れでしょう?」
なんなら教官室で配るくらい買える釣り銭が出そうだ。皆で食べられるものを買っても良いかと問えば、彼女は微笑みを浮かべて頷いた。
お任せあれとおどけて投げキッスをすると、やっと安心した彼女は再び箸を動かした。その姿にため息をつきそうになりながら、モーリスはすっかり冷めてしまった唐揚げを白飯と共に口に運んだ。
(世も末とは言うが……)
アサゴで教官として着任が決まった時、直属の上官が己の妹よりも若い少女だと知った時の衝撃は今でも覚えている。
飛び級をした上で早々に前線での激戦、戦友との死別を経験。普通ならドロップアウトするだろうに、気丈にも前線復帰を希望。魔装具適正者であることもあって、上層部も彼女の復帰を切に願っている。
(こんな小さい肩に、世間はどんだけのもん背負わせるんだか)
彼女が十代で尉官に昇級した年、数十年に一人の逸材だとか噂されたのをふと思い出した。その言葉を彼女はどう受け止めてきたのか。
『少将ちゃん、本当はとても弱い子よ。なのに、誰よりも強いの』
アサゴで数年ぶりに再会したサリーが打ち明けてきたことを思い出す。綾乃を支えていきたいのだと熱く語っていた男が、その上官に心配をかけていることは違和感でしかなく──
先に食事を終えて席を立った綾乃を敬礼と共に見送り、その背を見たモーリスは「あのバカが」と姿のないサリーに向けて呟いた。
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