1-5 看病して欲しいと望んだだけなのに
「失礼します! モーリスが怪我を負ったと聞き……モーリス!」
声を荒げながら入ってきたのは、
「だから、言いましたよね。怪我はしたけど元気だって」
背後から声をかけ、苦笑を見せたのはサリーだ。彼は美少女の腕をとると引き上げ、ゆっくりと立たせた。
「
「ちょっと、黒須! あたしはサリーって呼んでって言ってるでしょ」
「これは失礼。ファミリーネームで呼ぶ癖がついていましてね」
サリーの威圧などものともせず、黒須は涼しい顔をしている。
それが気に入らないとばかりに、サリーはふんっとそっぽを向くと唇を尖らせ、モーリスのことはファーストネームで呼ぶくせにと文句言うこぼす姿を見た美少女──
円らな瞳の視線に気づいたのだろう。サリーの白い頬が僅かに染まった。
「とにかく、少将ちゃんが血相変える必要はないのよ! モーリスの読みが甘かっただけなんだから」
「事前の調査不足も原因だと思うんです」
「いつも通りの調査だったんでしょ? 森は変わるものよ。突然変化することもあるの」
「ですが、蒼の森は比較的その変化が起こりにくい場所なのを考えると……」
「そもそも! 事前の調査隊は少将ちゃんの管轄じゃないし」
「だからと言って、私に責任がないとは──」
「はいはい、そこまでね」
熱くなるサリーの肩をぐいっと自分の方へ引っ張ったモーリスは、綾乃に顔を向ける。
とさっとモーリスの腕の中に納まったサリーは、何するのよと文句を言いかけて彼を見上げた。
明るい声とは裏腹に、その瞳は微塵も笑っていなかった。
「少将ちゃん、ご心配をおかけしました」
薄い唇が弧を描き、目が細められた。
少将ちゃん、と呼ばれた綾乃は一瞬、息を飲んだ。
その呼び名を始めたのは、他でもないサリーだ。彼にとって綾乃は特別な存在なのだ。そもそも彼が軍人を志したのは、彼女の祖父──
軽い気持ちでつけられたあだ名だったが、今では、アサゴ基地所属の多くの同志が、親愛の念を込めて彼女をそう呼んでいる。
「事前調査に疑問がない訳じゃないですが、とりあえず、改善点を上にあげてもらえればそれで良いです」
「……分かりました」
「しばらく不便をおかけするかと思いますが、俺の代わりはこいつが──」
「何で、あたしなのよ!」
「俺の代わりが勤まるのはお前くらいだろうが」
「それは……でも、あんたのとこは回収特化クラスで、サポート専門のあたしのとことはスタイルが違うでしょ!」
「どうせ一週間かそこらだ。基礎訓練強化にすればいけるだろう」
腕の中でぎゃんぎゃんと声を上げるサリーに爽やかに微笑んだモーリスは、まだ言い返そうとする彼に「出来ないの?」と、
綺麗な顔が耳まで真っ赤に染まる。
「こっちにはこっちの予定があるんだけど!」
悲鳴に近い怒号が上がった。直後、黒須が堪えきれないとばかりに噴き出して笑い出した。それを見て、綾乃はきょとんとする。
「おい、モーリス……お前はガキか。嫉妬は見苦しいぞ」
「……うるせぇ」
「お前は恋愛と親愛の区別もつかんのか」
「ちょっと、何の話してんのよ?」
「あ? なに、このアホはお前が翁川中尉と話してるのが──」
「あー、あー、とにかく、少将ちゃん! 俺が休んでいる間の仕事はこいつにやらせるってことで!」
「ちょっと、勝手に決めないで! それに、さっきから
突然声を上げたモーリスと、それに反応したサリーの声に黒須の声はかき消された。
黒須は再びやれやれとため息をつきながら綾乃に視線を向けて「ただの嫉妬ですよ」と呟いた。それを理解するのに数秒を要した綾乃は、目をぱちくりと瞬かせる。
横ではサリーとモーリスが不毛な言い合いを続けていた。
ややあって、綾乃が小さく咳払いをすると、サリーはハッとして振り返った。
「サリー、大変でしょうがよろしくお願いします」
「ううっ……少将ちゃんの頼み、あたしが断れると思う?」
その質問に、綾乃は
赤い唇からため息をこぼし、実に不本意と言いたそうな顔をしたサリーは、モーリスの首根っこを掴んだ。
「さっさと治しなさいよ」
「看病してくれるんだろ?」
「恋人にでもお願いしなさい!」
「別れたから、俺、フリーだよ? ほら、遠慮なく、お前も男と別れて来いよ」
モーリスの軽薄ぶりに顔を引きつらせたサリーは「バカじゃないの!?」と叫びをあげると、その頭を思いっきり拳で殴りつけた。
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