十一杯目 からあげとほろよい
どすっと背中が蹴られた。
思いっきり前のりでこけた。痛い。ものすごく痛い。
幸い室内だったからよかったが、四つん這いで振り返ると女の子がにやにやと笑っている。
悪魔め。
子供が天使だなんて、真実を知らない馬鹿か、理想家かのどっちかだと澪は思う。
福祉の仕事についたのは食い扶持を確実に手にしたいたからだ。
そ放課後ディサービスーー家にすぐに帰れない子供たち用の施設だ。――朝は十時の出勤。子供には三時のおやつも出すが、学校あがりだからだいたい十五時過ぎにやってくる。
大概が障害児だ。体もそうだが、精神的にも。落ち着きのない子供は手がつけられないし、言葉が不自由な子にも気を配る。そうして子供たちを世話したあとはまとめの記録と明日のレクの準備、それらが終わったらあっという間でくたくたになって家に帰る。
蹴とばしてきた子は、他の子の絵にちょっかいを出していたので注意した。たぶん、それが不満なのだろう。
「大変だったね」
と上司は心配する。
子供相手に大人げなく怒りをあらわにはできない。
理由を知り、対応する。
それが仕事だという。
いや、痛いものは痛いし、腹立つから!
はじめての職場は、いつも目がまわる。
今日はスーパーに寄ってお惣菜コーナーに行くと半額のシールが目についた。ここまで心躍るものがこの世にあるだろうかと澪は本気で思う。
からあげ。
今日はこれに決めた!
そのままつかつかとお酒のコーナーに向かう。
ビールは明日に残る。けど飲みたい。と思うと自然とほろよいに手を伸ばしていた。甘くて、飲みやすい。あとにひかない。
ほろよいのぶどう。
それだけ取ってレジに向かう。
会計をすまわせてもワンコインとはお得だ。このお得だけが夜まで働く利点ともいえる。それってどうなのよ。
ふらふらとした足取りで玄関をくぐる。
リビングに向かって、食事をテーブルに置く。
今日の晩酌。
だめだ。
手を止めて、動きを止めた。
そろ、そろそろ、後ろ動きで移動して冷蔵庫前に来ると、腰をかがめて野菜室を開く。そこにある檸檬。
からあげに檸檬がないなんて耐えられない――!
包丁を取り出して、一切れをとると、そろそろと前に進む。再びの檸檬をとってからあげを噴きかける。
おいしくなーれ、おいしくーれー。
呪文おっけい。
いざ、と割りばしを手にして割るとかぶりつく。
しょっぱい、すっぱい。
噛みごたえがある。
ほろ酔いをぐいっと一気する。
今日も大変だった。子供たちは言うことを聞かないし、どこまで対応するべきかいつも迷う。どうしたら信用してくれるんだろう、心を開いてくれるだろう。そう思うには澪はまだ二十歳を過ぎて少し経ったくらいで、まだまだ若い。
若いから同調しやすいと上司は心配する。そこまで子供ではないつもりだけど、やっぱりなめられる。くそがきめ。子供は悪魔だ。こっちをよく見て、しかけてくる。
からあげを食べて、酒を煽る。
殴っちゃいけない、罵ってもいけない。やられたい放題。こんちくしょうめ。
私だってお酒を飲める大人だぞ。
檸檬いっぱいふきかけたからあげをかぶりつく。
明日、また残業かもしれない。けど、戦ってやる。だって私はお酒が飲める大人だから、お金のために働いるけど、子供たちはみんな可愛い。みんな可愛い。だから見守りたいと働き始めてから、続ける理由が出来た。
力いっぱいお酒を飲み干して、アルコール臭いげっぷを一つ吐いた。
だから、今日は飲んでいいんです! 北野かほり @3tl
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