七杯目 チョコウィスキーとバニラアイス
いつもくる客だ。
健吾は、ひょいと仕事場から顔をだしてみた。
色とりどりの宝石のようなケーキが並ぶガラスケースの前に陣取って眺めている。
もう時間帯は閉店十分前のせいでだいぶ今日の商品も少ない。残っているのは大目に作ったいちごショートとガトーショコラくらいのものだ。
女はいつも八時にやってくる。遅いときでも八時五分くらい。そしてショートケースを眺めてはじっとしていて、そろそろ声をかけようかというときに急いで立ち去る。
つまりは買わない。
それがここ連日、一週間も続いている。
からかいやひやかしではないらしく、いつも少ないケーキの前でうんうんと唸っているので余計邪魔はできない。
そもそも閉店間近だと人もいないから好きなだけ悩ませてもいい。
健吾が務める、菓子屋ラフランは小さなものだが、外側は黒でスタイリッシュ、内側はケーキと焼き菓子を取り扱っている。
ここのパテシェとして雇われてはや一年。下済みもしてちょっとずつ仕事ができるようになってきた。
まだ一つ一つを教えてもらっているばかりで、だめだしは多いからよく凹む。
自分で作ってだめだしされた菓子を食べる。甘いものは嫌いじゃないが、食べ過ぎてきついときもある。
力仕事で筋肉痛になるし、立ち仕事のせいで足はぱんぱんに腫れる、腰にもくるし、熱いものに触れるせいでよく火傷もする。腕なんて火傷だらけだ。
それでもお菓子を作るのは好きだ。
母が食べて喜んでいた。
その顔がずっと忘れれなくてこうして作っている。
だからいつも真剣な顔をして眺めては帰る客が気になって気になって仕方がない。
出ていったらまずいかもしれない。
ちらりとそう思いながらそそくさと奥から出てしまったのはそろそろ我慢の限界だったからだ。
客は健吾にまったく気が付かないでショートケースを見ている。
「つつみましょうか」
「え、あ、」
ようやく顔をあげると、狼狽えていた。
「あ、あの、このケーキ」
「はい」
「お酒は、どっちが合うかしら」
切羽詰まった顔で聞いてくるので眉を寄せる。
「お、夫の、誕生日なの。ただ甘いものがきらいで、食べれないわけじゃないのよ。ただお祝いにケーキとか食べたことがないっていうの。それでねお酒が好きで、だから」
「……チョコはあいますよ。ブランデーとか」
「ビールは」
「合います」
これには即答できた。
同じ苦味という共通点からビールとチョコレートは合う。
「黒ビールとチョコならバランスいいですよ」
「あ、それを」
「チョコ一つしかないから、もう一つはショートケーキでいいですか」
「そっちは私が食べます」
嬉しそうに笑っていう客にいそいそと詰めて会計をする。
大切なもののように包んで歩いていく。
きっとケーキでお祝いするんだろう。
「甘いものか」
今日はこれでいいや。
帰宅するとシャワーを浴びて、いそいで冷凍庫にあるアイスクリームを取り出す。真っ白いバニラ。その上に常備しているチョコウィスキーをたらした。
この液体はとても甘く、濃厚だ。だから紅茶といった飲み物、バニラといったアイスにとても合う。甘さに酔いたいときのデザート感覚の酒だが、アルコール度は非常に高いときている。一人で楽しむより恋人なんかと一緒のときと言われるが、一人だって構わない。
疲れたといって一口食べる。甘い。
今頃、あのお客さん楽しそうにお祝いしてるかな。
甘いのに芳醇な味わいを心から楽しむ。
だからやめられないっと独り言を囁いて笑った。
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