四杯目 黒ビールとスペアリグ
なんであんなこと言うんだろう。
せっかくのランチが台無しだ。
陽葵の馬鹿。
桃香は笑顔を称えたまま心のなかでは悪態をついた。仕事のコンディションががたがただ。顔に出さない。プロだから。
桃香は自宅から三十分ほど離れたファッションショップで働いている。基本早番と遅番のシフト制の仕事で、時間に合わせての食事はなかなかに不規則だ。それでもたまに日勤をもらえ、そのときはだいたい十二時からの休憩にはいる。平日で人の出も少なかったことが幸いして友達である陽葵と仕事を抜けてのランチタイムに向かった。
高校から友達の陽葵とは互いに地元で就職して、職場も近い。とはいえ、職種がぜんぜん違うから互いの愚痴の言い合いは新鮮だ。
事務仕事で経理を担当する陽葵に、仕事のことで愚痴ったのはよくなかった。
ファションの流行りは早い。だから時期がずれたり、売れないものとなると返品される。ただし、そうする店のノルマに響く。だから桃香は五十%オフの社員割引を利用して、かなりの服を買うことで店のノルマを達成させることはざらにある。
自分が着なくても家族にあげることはあるし、実家暮らしはこういうとき、有利だ。
――それって、ちゃんとお金がまわってなくない
ぽつりと、不審な目で陽葵は桃香を見て口にした。
――だって、それだとちゃんと売れているのかいないのかをお店側は把握できないでしょ。ちゃんとお金の流れがないと儲けにならないよ。長く続かないよ。
意味がわからなかった。
だってノルマを達成しないと下手するとボーナスカットもある。
店を存続させるにはこういう身を切ることもだって当たり前にする。
社員たちも欲しいものを社員割引で買うし、それが務める特典だ。
みんなしていることに陽葵は変なことを口にする。もやもやとしたままうまく言葉に出来なくて結局不機嫌なままランチは終わった。
せっかく、可愛いフレンチカフェでのランチメニューを食べたのに。パスタはおいしかったし、パンも、あとスープとデサートはアイスクリームだった。
満足したはずなのに、ずっと頭のなかはもやもやしつぱなしだ。
朝から晩まで立ち仕事で、足はぱんぱんになる。
服は常に何着かロッカーに常備する。なぜって売るためには自社の製品を身に着けないといけないが、他のスタッフとかぶるといけないから、朝のミューティングでチェックをして取り換える。
化粧も服に合わせて変える必要があるから、全身に気を使う。
夏は暑くても、秋物を扱いだしたら着なくちゃいけないし。冬は寒くても春物を扱えば着る。
桃香は自分が可愛いと思っている。そのために食事には気を使うし、スタイルも注意する。化粧だって自分と服に一番合うものを考える。
可愛いって最高じゃない?
若いうちに可愛いを十分に味わいたいと桃香は真剣に向き合う。
可愛いうちに可愛い恰好をする。ちょっと無理をしても味わい尽くす。
けどさ。
その日はスーパーに寄った。
チューハイとビール。
少し迷って、ビールを手にとった。そのあと分厚い骨付きのスペアリグとたれを買う。家に帰ると家族が夕飯を用意してくれていたが、それは明日にまわしてもらうことにした。
キッチンで取り出したスペアリグにフォークを突き刺す。
ぶすぶすぶすぶす。
なによ、くそったれ!
穴だらけの肉を袋にいれてたれにひたして十分したらレンジにいれてオーブンで焼く。あとはビールをぐいっと飲む。アサヒのドライは冷たく、舌触りが軽い。味が軽すぎるとまた一人でキレて飲み干したあと、今度は黒ビールに手を伸ばす。おやじくさい、けど、実はビールは大好きだ。苦味と一緒にのど越しが爽快な気持ちにしてくれる。ああ、大好きっ!
ちょうど肉が焼けた。
じゅうじゅうと音をたてて、触れると熱い。それにかぶりつく、肉汁とたれの甘さがやっぱり熱くて火傷した。知るもんか。心のなかで掃き捨てて、舌と手をべちょべちょにしてかぶりついて、骨にこぶりついた一番あまくてこりこりしたところをしゃぶってビールで流し込む。
「ぷっはぁー」
おいしい。
肉を素手であちあち言いながら掴んでむしゃぶりつく。たれで口元も、手もべたべただ。けど、気にしない。汚れてもいい。
ビールを飲む。
もやもやを全部食べつくす。
陽葵は頭がいい、きっと、彼女の心配や指摘は正しい。わかってない自分は馬鹿なんだ。長くは続かないのは自分のことを言われてるみたいで焦りも覚えた。決して給料がいいわけではないし、長くするにはきつい仕事だ。
けどさ、可愛いは大好きなんだもん。可愛くいたい。そのために努力なんていくらだってするわ。
可愛いからって弱いわけないじゃない。
どんなときだって可愛くあろうとすることは努力と並大抵ならぬ根性がいる。
食べつくした骨を捨ててしまって、最後にビールの一滴まで流し込んでちいさくげっぷをして桃香は、ラインしようと決めた。
実は会社でプレスになるための研修があるんだ。頑張ろうって思ってるのと話そう。きっと応援してくれる。
明日はお気に入りの可愛いものを着よう。
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