鯨のうた
また魚が泳いでいる。私は目覚めたとき、微笑んだ。空気に溶けて、光にきらきら晒されて、ふわ、ふわと泳ぐ魚たち。きれい。この世界の宝もの。私がうっとりと見惚れていると
「マーニャン起きろ」
博士の声。
私は慌てて起き上がる。そうだ。今日は魚たちの観察を行う日だ。
この世界はアトランティス。
海の底の国だ。今はもう失われてしまった【見えない結界】に覆われている。
ここは地上に設置されている透明な筒があって、それに包まれてくることができる。やはりこれも昔、失われた科学という魔法らしい。科学はいろんな魔法があるそうだ。けれどもう失われた。
世界は衰退した。
人間は少なくなって、科学はなくなって、世界はどんどん荒れている。
少しばかり残った人間は生きるしかない。ただだらだらと生きるだけなら出来る。
死ぬまでになにかしよう。なにか残そう。生き残った人類が私たちの残したものを見つけてくれるかもしれない。
そんなわけで私たちはつらつらと研究をする。
透明な魚たち、輝く貝、泳ぐいかとたこ。
私たちはそれを見て、記録し、残していく。
博士はもう歳だ。
「そういえば知ってるかい。マーニャン、百年に一度、鯨たちが集まって歌うんだ」
「そうなんですか」
「あとに十年後だ」
「私は見れますね」
「そうだね。私はもう無理だけど」
博士はしわくちゃの顔で笑った。
私は
「かわりにちゃんと見て記録します。あなたのことを」
その次の日、博士の死んでしまった。
泳ぐ魚たち、さ迷う彼らの間をすり抜けて、私はいくつもの墓標のなかのひとつに博士を埋めた。
ここに、人はもう来ない。きっと来ない。私の死体を埋めてくれる人はいないだろう。私の記録を読む人も。
人類は衰退した。
滅ぶだけ。ゆるやかに。私はこの海の国のたった一人になった。あと十年後、鯨たちの歌を聞くことを楽しみに生きよう。今日も魚たちは輝いて、揺れている。ああ平和だ。
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