エンドロールには早すぎる

 映画を見よう、と恋人が私を誘ってきた。別れ話をした直後だったが、断る理由はない。それに彼女の予定をことごとく崩すことに少しばかりの罪悪感があったのだ。

 今日はデートという名目で別れを告げるために朝早くに起きていつも待ち合わせに使う喫茶店に集まった。

そこですべては決着する。私はそう思っていた。

だから彼女が「この映画をみよう」「チケット二枚買ったよ」「朝はいつものところでね」といくつものメッセージをことごとく無視した。

彼女はマメな人で、私の世話もよく焼いてくれた。

休みの日は家事をしてくれ、料理はうまい。無駄を出来るだけ省いてお金を貯めるためにあれこれと工夫もしてくれた。

 ただそうした家のことをする家庭じみた行動がすべて私には重く思えたのだ。

 私はまだ若い。誰か一人と結婚し、落ち着くつもりはない。仕事をしたい、もっと恋もしたい。

 それにたいして彼女は結婚したがっていた。子供の頃に両親に死なれ、天涯孤独な彼女はひどく寂しがり屋で、家族を作りたがっていた。

なにもかも重い女。

私にはもう他に付き合いはじめた女がいる。前の合コンで知り合った秘書課の女で、派手なところが気に入った。

 だから


「別れよう」

 と私が口にしてショックを受けながらも、

「わかった。けど、映画、見よう。ほら、もったないし」

 彼女が笑う。

 そういうところが捨てられ理由だといつこの女は気が付くのだろう。

 私はひどく冷めていた。


 映画は陳腐な恋愛もの。彼女が好きそうなものだ。男と女が知り合い、そしてつらつらと流れる日常。男はひどく軽薄で、自分に尽くす女にだんだんと愛想を尽かしていく。なんだ、これ。

 最後、喫茶店で別れ話をして、その帰り道、男は刺され、女は捕まる。恋愛ものだと思ったが、ミステリーなのか? エンドロールが流れる。さっさと帰ろう。死んだ男の顔だけが恨みがましい。

 と


 男がいきなり動き出した。なんだ


「いいか、今から俺の言うことをきちんと聞け。恋人と別れたらすぐに家に帰るんだぞ」

 男が私を、私を見ていう。

 なんだ、これは

 混乱する私。そして確認した


 この顔は、私じゃないか


 私はちらりと恋人を、女を見た。彼女はじっと画面を見つめている。そうだ、どうして気が付かなかったのだ。

 画面で男を殺した女は――この女だ。




 私は助言に従って家に帰った。部屋のなかに入ると、そういえばあの女に合いカギを渡していたことを思い出した。ふとテレビを見ると、黒い画面にまた私の顔が映っている。そこには――背後にいた彼女、そして私を刺す。痛い。苦しい。鬼の形相で私のことを見ている女。ああ、痛い。画面の女が口を動かす

「さぁ、映画館で教えたように逃げるのよ」

 彼女も、そうだ、熱心にエンドロールを、みていた。私が私を見たように、彼女も彼女を見ていたのか。

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