耳長の治療室

「俺を殺すつもりかぁ」

 怒鳴られた私は唖然とした。どうしてそうなるのだ。私はただ傷を縫おうとしたのだ。私が針と糸を持つとオークは悲鳴をあげて震えている。

「そんなもので肌を刺したら痛いだろう」

「当たり前です。しかし、麻酔をいれるので」

「なんだ、それは、なにをするつもりだ耳長の娘めっ」

 斧を取り出して私を睨むオークのほうが、私の何千倍も怖くておっかない。しかし。彼らは自分たちの正当性を主張する。

 曰く

 肌を刺すなんておかしい。いや、傷を縫うのだ

 曰く

 葉っぱをつけてよくなるはずない。薬だっていってるでしょ

 曰く

 苦いものをいれて、これは毒だな。薬は苦いものです!

 という数々である。


 私たち、ハイエルフは百歳を超えると里を出る。

 永久の森の里は、閉ざされた楽園。

私たちハイエルフ以外は入ることができない。

数千年単位で生きる私たちは、歳をとらない。しかし、そのかわり子が生まれづらい。ほぼ無限の生を持っているためか、他の生き物に比べて子を残すことに貪欲ではないのだ。

 私は、百年前に一人だけ生まれた子だ。

 私のあとに子はまだ産まれていない。だからこの古いしきたりにならって外へと出るとき、母や父からは反対された。大切に、大切に育てたのに、嫌味を言われた。

けれど長はいっておいでと言ってくれた。


 百歳を超えて、里を出て、里に伝わる知識を外の人々に広げる。それはねぶきのようなものだと長は口にしていた。

 ここ数千年外に出る者がいないため、知識が広がっていないので外がどうなっているのか。

 私の目で確かめろと言われた。

 私はこの百年を医学に捧げてきた。

 


 外に出て、私がまず驚いたのは、人の多さ、汚さ、進歩のなさだ。

 まだ馬で荷をひいて、泥だけの冒険者たちは汚く、酒や煙草で健康を害する生き方をしている。

 私は冒険者になろうと思った。しかし、医学は回復魔法みたいにぱっと治せるものではない。それを口にするとどの人々も私と組みたくないという。

 仕方ない。

 私はそこで山を越えるとき、オークの村を見つけた。

驚くくらい汚い人々と病気が蔓延しているのに私は急いでその村に飛び込んだ

 薬を作り、それを配って村の長を治癒した。

 薬を飲んだとき、村の長は悲鳴をあげ、周りのオークたちは私のことをあと一歩で首を叩き斬る、というところまでいったが……

 そうして私はここに居場所と決めた。


「ちゃんと体を洗いなさい」

「やだー」

「エルフのねーちゃん、こえー」

 一日一回の入浴をお願いしているのに子供たちは!

 お風呂。これは大切なことだ。体をしっかりときれいにできる。さっぱりできる。

 女性オークたちには水浴びが気持ちいいと好評なんだけど

「あなたの作った石鹸っていい匂いね」

「花の蜜で作ったもの」

「毛がふわふわするのよ」

 などと褒めてくれた。

 男どもはお風呂にはいらない。まったく

 汚れているほうが落ち着くというのだ。まったくもう!


「おい耳長」

 おっとお客さんだ。

「なによ、弱虫さん」

「な、誰が弱虫だ」

「弱虫でしょ。たかだか傷を縫うだけで大騒ぎして! ほら、座りなさい。糸を抜くから」

「うう、抜くのか、このままじゃだめなのか」

「だめですっ」

 わたしは弱虫を椅子に腰かけて糸を引きにかかる。もう。なんでこいつらはこんなにも弱虫なのかしら。

 戦うことはぜんぜん平気だというのに、怪我を治癒するのに叫ぶし暴れるし

「なんで回復魔法を使わないんだ」

「あれは、細胞を活性化させているだけだから痛いし、使い過ぎるとその体にすごい負担をかけるのよ」

「よくわかんねぇなぁ」

「はい、糸は抜いたわ。ただ安静にしてね」

「おう」

 出ていかない。あれ?

「あ、あのな」

「なぁに」

「あんたがきて俺たちの村はあれこれとあって大変だ。けど」

「文句? なによ」

「みんな感謝してる。だからずっとずっとここにいてくれた。耳長」

 弱虫の言葉に私はきょとんとしたあと、耳をぱたぱたさせた。

 ぷっと噴き出す。

「おい、なに笑ってるんだよ」

「ううん。ありがとう」


 私の知識を広めるのはなかなか大変そうだ。

 けれど、ちゃんと居場所は作ったわ。

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