さよなら、いとしいひと

 さよなら、さよなら、いとしいひと。このさようならに愛をこめて。


 そんな陳腐な歌が流行ったのはいつだったのだろう? 俺はふと古い曲を思い出す。銃口を向けて、引き金をひきながら必死に考える。


 さよなら、さよなら、いとしいひと。このさようならにあいをこめて。


 その歌を口にしていたのは、寂しさ紛れに買ったアンドロイドだ。ヒューマノイドといわれるそれは人とうり二つ。しかし、中身は機械。プログラムされたことをなんでもしてくれる。恋人がいない寂しさを紛らわせるために買ったアンドロイドは見た目は俺好み、性格も俺の好みをすべて選んでつつましく、わがままを口にしない、やさしい女。そうだ、我儘ばかりの元彼女に疲れた俺にとっては最愛の人だった。


 食事を作り、風呂の支度をして、笑いかけてくれる。

 機械人形が、時折歌うその曲は古い、古いものだそうだ。なんて曲なんだい、愛を囁くように俺は問うた。彼女は笑って内緒よ、と口にした。


 だから


 ヒューマノイドの暴走は近年、見られるようになった。システムバグなのか、それとも――心を機械が持ったのか?


 機械だと思って俺たちはヒューマノイドを馬鹿にした。プログラム通りにしか動けない。どんなに優秀でも、俺よりも仕事ができても奴らは機械だ。だから馬鹿にしてもいい。俺も、会社の警備ヒューマノイドを馬鹿にしたし、水をかけた。それでも彼らは「申し訳ありません」以外言わなかった。だから



「裏切者」

 彼女が泣いている。女の死体を抱えて、ナイフを俺に向ける。



 警報。警報。――ヒューマノイドの暴走。女性一人死亡――女型ヒューマノイドは現在、屋上に立てこもり――警報。警報。

 うるさいサイレンの音が街に広がり、俺の鼓膜を叩く。


 刑事の俺は彼女と向き合う。

 俺の買った慰み用のヒューマノイドは血まみれのナイフを持って泣いていた。抱いている死体は俺の――


「裏切者」

「……」

「私があなたの恋人だといったのに、私は……ヒューマノイドだから? 機械だから? プログラムされたものだから? あなたの恋人だったのに、人間の恋人ができたから買いなおす? 私を売り払う? このプログラムを削除する

ひとでなし! 人殺し!」

 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

「私を殺そうとしたわね! こんな女のために」

「機械じゃ、ないか」

 そうだ。目の前で叫ぶそれは――機械だ。

「あなたを愛していたのに」

 泣き叫ぶそれは機械だ。

 引き金をひく。


 さようなら、さようなら、いとしいひと。このさようならに愛をこめて。

 彼女の歌が頭のなかに繰り返される。さようなら、いとしいひと。このさようならに愛をこめて。

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