窓辺の人魚

 人魚はびっくりするくらい細い指をしている。

長く、鋭い爪で貝を開いて食べるからだという。細い、刃みたいなのに、とても器用に、人間の指よりもずっと繊細に動く。

 その動きを見るのがメリュジーヌ氏はとても好きだ。

 ミス・メリュジーヌの指の動きを見る。

 結婚した人魚はしゃべれない。けれど表情は風のようにくるくると変わり、彼はいつも振り回されて、あたふたしてしまう。

 美しい緑の婦人ともいえる彼女は、人魚なのに大地が似合う人だ。茶色の髪の毛、薄い緑の瞳、濃い緑のドレス。

 見た目は美しいが、それ以上に氏は妻の心を愛した。


 出会いはこうだ。


 人魚は海からあがり、真珠を手にして海から一番近い喫茶店にやってくる。

人魚はきっちりとしたドレス姿で、全身からは潮騒の匂いがした。それが魅力的だった。


 人間の世に憧れた人魚は、氏の店の窓から見える景色を愛していた。

夕方前には全身の海水が渇いてしまうから、その前にいつも海へと戻っていく人魚を氏は黙って受け入れ、珈琲とクッキーを提供し続けた。。


 窓から差し込む人々の喧騒を、店の奥にひっそりと隠れたその席で人魚は眺めていた。

 それは一つの絵だった。

 客の誰もが口を閉ざし、人魚の視線の行く先を邪魔しないようにした。珈琲のかおりと甘いクッキーのおいしい店だ。

 静寂は友人だった。


 そうして

 彼女は暇なとき、じっとしていることがまるでつまらないといいたげに窓の近くの樫の樹の椅子に腰かけてせっせっと指を動かす。何かを作っている。

 なにを作っているのかと見ていると、細いネクタイだ。

 彼女は赤に白い横線の入ったカラフルだがシックなネクタイを作っている。

 せっせっと指が動く。

 白い肌が輝いている。

 雨の日も

 晴れる日も

 人魚の瞳は輝いて、まるでそこだけ時間が止まったかのように。特別な祈りの場所だ。

 人魚と結婚したが、ただの人間である自分に彼女は眩しいとメリュジーヌ氏は思うのだ。

 だから


 人魚が微笑んで、手招きするのに氏は不思議そうに近づいた。

 優しく差し出された手の、その上に乗る紅色のネクタイは氏への愛だった。

人参色の赤毛を好きだと思ったことはなかったが、今は好きになっていいと思った。自分の嫌いなすべてを彼女は愛してくれている。

ただひたすらに来る日も来る日も窓辺で作り続けたそれが自分への思いだと悟ったとき、純粋な愛に報いるにはどうしたらいいのかと迷ってしまった。

「この窓辺を君にあげるよ」

 それが氏の妻へのプロポーズだった。


 それから、人魚は氏の家の風呂場に寝床を構え、毎日朝になるといつもの席に腰かけ、陸の様子を飽きることなく眺め、夕方には浴槽に帰り、愛する男と小さな海を愛するのだ。

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