きらきらの

「これ、一冊ください」

 わたしの前に来た人が意を決したように声をかけてきた。迷いなくわたしの前まで来て、新刊――わたしの作った自信作を指さした。

まるで宝石のように輝いているかのようにその人は恐る恐る手にとって微笑んだ。

 あ、笑った。

 わたしは、そのときの顔をたぶん忘れることができない。


 ふと思い出すのははじめてイベントに参加したときのことだ。

わたしはがちがちに緊張しながら自分の好きなものを詰め込んで作った本とやってきたイベントで独りぼっちで寂しくてたまらなかった。

 はじめは、そのイベントで与えられたスペースの狭さや周りの人の密着にたじろぎ、飾り立てている人達の間に目立たなくちゃいけないのにそんな方法もわからないことに落ち込んだ。

 息をするのも苦しい。

 けど、集まった人たちのきらきらした目と楽しそうな声は本当にすごいものだった。

 わたしの本は一冊しか売れなかったけど。一冊も売れた。


 目が覚めた。

 わたしは目の前の文章を見て憂鬱に陥った。まだ終わってない原稿を必死に終わらせようとしている。

 イベントの締め切り。

 急がなくちゃ。

 栄養ドリンクを流し込む。

 なんで書いてるんだろう。

 儲けになるから? 人に認められるから。つらつらと考える。疲れた体に鞭をうって、必死に執筆する。作る。お金を払う。ばかみたいだけど、あのきらきらした場所が好きだ。熱気がある。仲間になりたい。だから人気なものに手を出した。良さはわかる。けど、私の心はどきどきしない。他の人たちはどきどきするから。それが知りたい。けど、私は違う。私の好きなもの。私の


 夢を見たのは私の過去だ。

 私の、大好きなものだけを詰め込んだへたくそなそれをけれどたった一人、指さしてほしいと口にしてくれた人。

 あの人は今も私が好きだろうか?

 嫌いかもしれない。

 私は、今の私も好き。けど作りたいものは少し違う。本を作って、それをさばきたい気持ち。他の人と仲間なりたい気持ち。けど。

 私は迷いながら他の人たちのどきどきできるそれを作る。きっとどきどきしてくれると狙ったそれを。けど私はもっと別のものが作りたい。

 熱意。

 作り上げたそれを一度保存して、ちらりとカレンダーを見る。今日なくなるときつい。けど、私はカッと頭のなかに浮かんだそれを気持ちに任せて書いた。王子様はお姫様をふって旅に出る。お姫様は王子様なんていらなかった。実は下男に恋をしていたのだ。下男はお姫様を攫って簒奪者になる。自由になった王子様はどうする? 恋をする。本当の恋。それはドラゴン。ああ、ひっちゃかめっちゃか。けど、私はこういう展開大好き。チートな主人公なんてあっちにいってて、今だけは! ハッピーエンドなのかしら。違うかも。けど、みんな好きにしていいよ。


 作り上げたその原稿を私は消そうとして、消させなくて、そっと「好き勝手に書きました」と保存して、投稿サイトにいれた。誰かが見てくれたら、それでいい。きらきらと輝いてみえたら、嬉しい。それだけ。それだけのものだ。

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