あなたの母です

 昔、結婚が夢だった。

 かわいいお嫁さんになる――それが難しいとわかったのは十代の後半で、この世界は世知辛く、生きづらいことがわかった。

 わたしは子供を産めない女だった。

 だったら、どうして毎月血は出ているんだろう。

 気分が悪くて立ち眩みするんだろう。

 いらいらするんだろう。

 こんなものに意味はないのにね、わたしはこんな自分が心底嫌いで、髪の毛を切って、男らしくした。

 血はずっと流れ続け、体調は悪くなったりもした。

 がむしゃらに仕事に打ち込んだ。独りぼっちでしかない自分は自分の面倒を必死に見る必要があると思ったからだ。

 お金を貯めて、たまに酒を飲んで、思い出を作って。そうして淡々と過ぎていけばいいと思っていた。


 あなたが、すきです。

 震えながらそう告げる相手にわたしは、戸惑った。

 手が、震えた。

 その人のことをわたしも嫌いだとは思わなかった。ただ、その好きにどう応えていいのかがわからなかった。

 子供を産めない女だから。

 誰とも結婚せず、独りぼっちで、狂ったように追いつめられて死ぬ。

 けど、違った。

 その人に告白されて、二度、デートをして心地がよかった。

 ただ黙っていたくなくてわたしは自分のことを打ち明けた。

 その人は自分のことのように泣いてくれて。

 手を握りしめてくれた。

 ああ、やさしい手だ。

 あたたかい手だ。

 好きになってもいいの? わたしは問いかける。あなたを好きになってもいいの? わたしはなにも残せない人間だけど。

 あなたは笑った

 残せる。あなたの笑顔も、がんばりも、いつも私はぬくもりをもらっている――私にあなたはそう告げてくれた。


 わたしは、誰かを好きになってもいいのだと、ようやく許された、気がした。

 追いつめられるように仕事をしてぼろぼろになってわたしの手に、やさしいあなたの手が重なる。


 思い出を作ろう、と、わたしたちはいっぱいの思い出を作った

 何かを残そうと、わたしたちは決めた。


 三十を超えて、わたしたちは一緒に暮らし始めて、養子をもらう。

 わたしは産めないけど、育てることはできるのだとあなたは口にした。そうだ、誰かが出来ないことのかわりをしよう。

 生産性のないわたしを、あなたが変えてくれた。

 あなたは手を握りしめて、未だに柔らかなふっくらとした手でわたしを導いてくれた


 はじめまして。わたしがあなたの母です

 わたしの横にいるのもあなたの母です

 わたしたちはあなたの親です

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