夢のなかでも

 神様、これはあんまりです。

 わたしは目の前で自分のことを絞め殺そうとする恋人を見た。

彼は泣いている。

「ごめん、ごめんね、だって、君が死ななきゃ、じゃなきゃあ」

 ぐすぐすと泣きながら首を絞める力は抜かない。なんだ、こいつと私は怒りを覚えるくらいだ。ぎりぎりと締め付けられて苦しい。ああ、苦しい。息も出来ない。口を半開きに開けて、唾液をだらだらと赤ん坊みたいに流してわたしは身もだえる。

 なんで、どうして。

 今度の理由はなによ

「君が死ななきゃ、借金返せないんだ。ごめんね」

 悪意のない涙で身勝手なことを口にする。

「君に保険をかけたからさ、それでお金、返せるんだ」

 ぎりぎりと首がしまる。骨が砕けるんじゃないかと本気で思うくらいに。ああ、もう、苦しい。本当に。

 ごめんね、ごめんね、と彼は謝り続けて泣いている。


 わたしはまた彼に首を絞めつけられて死んだ。

五十七回目。

 わたしは憂鬱に目覚める。

 これは夢。だから気にしなくていい。ただ毎晩、毎晩、彼はわたしのことをきりきりと殺していく。

 一回目の首絞めの理由はなんだったけ? ああ、そうだ、別に好きな人が出来たからと言われた。

 二回目はわたしが浮気したと勘違いしての殺しだった。

 そういうことを毎日繰り返していてわたしは寝不足だ。

 ただ現実では


「はい、珈琲、パンね。あ、ごはんのほうがよかった」

「ううん。ありがとう。今日はわたし、仕事が忙しいから帰りが遅くなるから」

「そっか、わかった」

 毎朝早くに起きてわたしのために食事を作ってくれ、甲斐甲斐しく家のことをしてくれる。

 彼は絵描きだった。過去形だ。

 美術の大学までいって、すばらしい賞をいっぱいとった。そんな彼の利き手を通り魔がいたのだ。犯人は未だに捕まっていない。

当時から付き合っていたわたしたちは、その機会に同棲し、ほぼ夫婦みたいに過ごしている。わたしが稼いで養うから君は家のことをして、と口にして。

 リハビリをしてもらい、ゆっくりでいいから描けるようになってね、と口にした。

 絵は描かないが、どんどん家事のスキルはあがっている。このまま専業主夫になればいいのにとわたしは本気で思う。


 現実では彼はわたしがいないと生きていけない。わたしのことを大切にしてくれているのだ。

 だのに夢では


 きりきりとまた締め付けられる。

「お前が奪ったんだろう。これは復讐だ」

 締め付けられる苦しみにわたしは喘ぐこともできない。どうして、そんなことを……苦しいとわたしが腕を振り上げたとき

「いた」

 柔らかな感触に驚いて目を開いた。

 彼がわたしの上にのっている。

 あ?

 彼が驚いている。

 あ、あ、あ

 わたしはそのとき混乱し悲鳴をあげそうになっていた。

「へ、へいき?」

 彼が笑いかける。

 これは現実。

 夢じゃないと思ったときわたしは自分の現状を見た。彼がわたしのそばにいて、手を喉に伸ばしている。


 わたしのことを彼は殺そうとしている。

 夢のなかでいつも締め付けられるのは、ああ、そうだ、現実だったのだ。ただ眠りが深くてわからなかっただけ。

 毎晩彼はわたしのことを殺そうとしていた。

 夢の内容がそもそも暗示していたじゃないか。

 彼はいつも身勝手な、そうだ、身勝手な理由でわたしのことを殺そうとした。

 けと、今日の夢では復讐だとも


 彼は、そうか。気が付いているのか。



 その日、わたしは家に早く帰ると彼の好きなカレーを作ると口にした。同棲してから料理なんて久方ぶり。

彼は自分がすると口にしたが、わたしは濃い味が好きでいっぱいの香辛料をいれる。


 ほかほかのあたたかいカレー。

「ありがとう。そういえば、最近、健康診断したっていってたけど、結果はどうだったの」

「ああ、今日結果もらったわ。体力にだけは自信あるから平気、平気。けど、わりといろんな検査受けてみたんだよね、今年は。なんか寝つきが悪くてさ」

「そうなんだ。そういえば最近、寝ているときいびきがひどいもんね」

「うっそー」

「本当。なんかよく噛みしめてて、起きてみると、なんと苦しそうでさ」

 彼が食べているとき、わたしは鞄のなかにつっこんである健康診断の用紙を取り出し見る。

 そこに踊る文字を見て、わたしは、あっと声をあげた。

 がしゃん

 彼が倒れて痙攣している。カレーだと味が濃ゆいからなにをいれてもばれないのよね。


 絵ばかり見る君がわたしから離れようとしているから、その腕が使えないものにしたのに今度はわたしが犯人だと気がいて殺そうとしているから

 夢の内容はそんな暗示のものだったから

 君がわたしのいびきがうるさくて起きて心配してくれていたなんて……君はわたしから逃げたいものだとばかり思っていたから


 もう絶対に逃げれないように全身が動かないように毒をもったのに!。

 泡を吹いて転がる彼をわたしは見つめて、自分の勘違いを知った。


 健康診断の紙には睡眠時無呼吸症候群の恐れあり、という文字。また診察にくるようにと書かれてあった。

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