ロスト・ユニバース
私は、金と地位だけはあった。
人の欲しいもの、すべてが手に入るだけの富と名誉。
私は私の人生を善良に捧げてきた。なぁに、それ以外することがなかった、というだけのことなのだけど。
もう一つ、なにか人生に得るもの……と考えて不老不死が思い浮かんだ。
だって人間の求めるものの二つはすでに手に入れているのだ。あともう一つと欲を出すなら不老不死しかない。
私はそれを求めて、いくらだってある金をすべて差し出してもいいとさえ口にした。けれど善良な私に誰も彼もが止めるだけで、欲しいものを差し出してくれない。それほどに困難なものならば手に入れたい。人間、止められれば欲が出るというやつだ。私はそのためいくつもの街をめぐり、神や悪魔に出会う幻想列車に乗って旅を続けていた。
いくつもの世界を巡ったが私の願いにこたえてくれる者は一人もいなかった。
この世のすべてを手に入れても、足りないものはあるのか。
私は落ち込みながら待合時間の間、ぼんやりと駅のホームを歩いていた。この時間を観光に使う者が多いが、私には興味惹かれるものは今のところない。
はやく出発しないか。
次の駅に行ったらこの旅をやめようと決めた。
漂う惑星の美しさすら私の目には無価値に見えた。すると
「あなたのほしいものをなんでも差し上げます」
そんな看板を持った黒いペンギンがいた。
「私は不老不死がほしいが与えてくれるかい?」
私の問いにペンギンはにこりと笑った。
「そんな安いものでいいのでしたら」
「安いのか。……私の願いを叶えてくれるなら私の持っているあらゆる金を差し出そう」
「ええ! 不老不死には一ミリの価値もありませんね。私でしたらそれについてはお金をとりません」
ペンギンは私に言うと首を傾げた。
「そうですね、もっと価値のある願いを口にしてください」
「価値のある?」
「そうです、感動の涙がほしい、心燃やす恋がしたいとか、そういうのはないんですか」
私は唖然として考えた。そんなもの一度も考えたことがなかった。
「ええ! あなた、それでどうして不老不死がほしいのですか」
「それは、唯一、手にいれていないもので」
「唯一? 唯一ですって? 嘘をおっしゃい、あなたは感動の涙も、心燃やす恋も激しい怒りだって手に入れたことがないというのに!」
とんでもない、とばかりにペンギンが言うので私は困ってしまった。そうだ、私は恋も、感動も、怒りも感じたことがなかった。人、世界、神、悪魔にただただ求められるままに救ってきた。その感謝や報酬からいくつもの金を、地位を、財産を手に入れた。
「いけません、いけません、あなたは損な人だ」
「はぁ」
「では、私があなたに恋と感動をあげましょう」
ペンギンは釣り竿をくるくるとまわした。そして遠い星の一つをひっかけると引き寄せた。
それは赤い星だった。それを私に差し出した。
「この赤い石は恋の石、さぁ、見てごらんなさい」
私は言われるままにのぞき込むと、そこには赤毛の美しい女がいた。微笑んで踊っている。なんと妖艶な!
「燃える恋です」
「もえる、恋」
「あなたは、恋をしたでしょう」
「これが恋」
「そうです。この赤い星はあなたの運命です。この子はあなたに会うためだけに生まれたのに、あなたはそっぽ向いているから、ずっと片思いをしていたのです」
「片思い、私に?」
「そうです」
ペンギンは真面目に頷く。ずっと、私に片思いをしていた。私は手のなかの星を見つめる。そして再びのぞき込むと赤毛の彼女はキスを送ってきた。驚いてのけぞった。胸がきゅんとした。
「ふふ、恋をしましたね、あなた」
「私が?」
「そうです。これが恋です」
「はぁ」
「そして、この星はあなたに出会い、燃えているのです。あたたかいでしょう、あなたの運命は、美しいでしょう。あなたは今、その気持ちがいっぱいで感動して泣いているのですよ」
「泣いている?」
「そうです!」
「私が?」
「そうです。今、あなたは泣いている!」
「けど、私は……」
「ええい、泣いてるったら泣いてるの!」
「あ、はい」
「どうですか、素晴らしいでしょう」
私は再び手のなかの赤い星を見る。彼女は笑ってくれている。なんてきれいな、と思ったとき、その星が急に色をなくし、真っ黒になってしまった。
「これは」
「この星の寿命です。あなたに出会い、恋をして死んでゆく。ああなんという悲劇! 悲しいですね、悲しい。ほら、悲しい」
「ああ、悲しい」
私はペンギンの言うことがすべて正しいとばかりに頷いていた。
「よし、では、この星を生き返らせてあげましょう。あなたの、そうですね、全財産でいいですよ」
「全財産をですか」
「あなたの運命の恋をハッピーエンドにするのでしたら安いでしょう。不老不死よりも、今の気持ちをいっぱい味わえたほうがいいでしよう?」
ペンギンがずけずけと口にする。
「わかりました。私の全財産……この金の指輪をあげます」
差し出したそれをペンギンが受け取ると、いきなり猛然と走り出した。短い脚で遅いと思ったら、腹で滑っていく。え?
私が唖然としていると
「恋と怒り、そのあと絶望をあげるわ」
赤毛の彼女がいきなり私の腕のなかに出ると、キスをしてけらけらと笑いながら走り出しました。
やられた、幻想魔法だ。
私が立ち上がろうとしたとき、彼女は大きく飛んで、滑るペンギンの上に乗ってさらに距離を伸ばしていく。その先には小さなトロッコがあり、彼女とペンギンはそれに飛び移り――見事なもの。
「ばーかばーか、機械仕掛けの神が不老不死とか笑わせるな! 機械が歳とるか! 不老不死だろう、はじめから」
私のほしかったものも彼女はあっさりと差し出してくれて、トロッコを猛然と漕いで逃げていきます。
私は機械仕掛けの神。死ぬことはなく、生きることもない。――不老不死ははじめから。そう、そんな簡単な答えすら私に誰も教えてくれなかった。私が完璧で、間違いのない神ゆえに誰も彼も私の単純な問いに答えられなかった。
燃えるような恋
感動の涙
心躍る絶望
彼女とペンギンは見事に私に与えてくれたそれについには笑いだしながら
「ぼったくりめ! お前たちを追いかけてやる」
ふわふわとし幸せに包まれて私はやってきた幻想列車に飛び乗り、彼女とペンギンを追いかけた。
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