あるうみのこと

「あなたたちは旅をする民なの?」

 と青い瞳の娘がわたしに問うた。

 わたしは快く頷いて、肯定する。

 この世界には数万、数千の種族がいる。わたしたちは比較的恵まれた一族で、二足歩行だ。わたしはそのなかでもイレギュラーなことに言葉を持っていた。

 ああ、そもそもわたしの父が、わたしたちとは別の種族だったのだ。

 わたしの見た目は父に似ている。


 仲間のために他の街にやってきて、彼らが作った品を取引してもらったり、この見た目だから占いをさせてもらっている。

 わたしの目の前にいるりくりとした瞳に、肌を守る毛ももたないはげつらの種族はふぅんと聞く。

「海のなかを歩くの?」

「飛ぶというほうが正しいかな。わたしたちは一日で星の合間くらい移動するのよ」

 へぇと子供が喜ぶ。

「いってみたい」

「こころは自由よ」

 わたしたちの種族の掟だ。

 こころは自由。

 からだはどこまでも。

「こころだけを連れていってくれる?」

「あなたの?」

 うん、と少女は頷いた。

「病なの。遠くまでいけない」

「そう、」

 わたしはためらう。

「連れて行くことそのものは難しくはないけれど、けど……あなたの家族が悲しむわ」

「パパもママもいないの。連れていって」

 真剣な瞳で見つめられてわたしは微笑んだ。

 いけない癖が出てしまう。

 わたしたち種族の癖だ。

 気に入ったものを連れていく。

「けど、一緒にいくなら、なにかあなたにあげなくちゃね。なにがいい?」

「わたしみたいに病の人がいないようにしてほしい」

 わたしはふふっと笑った。

「わかったわ。そうね、わたしたちを呼ぶことのできるまじないをあげましょう」

「あなたたちを呼ぶの?」

「わたしたちはね、あなたたちのいうわるいものを好んで食べることができるのよ」

 少女は嬉しそうに笑った。

「それがほしい」

「いいわ。まずはね、わたしたちの種族の姿を書き写すの。そして、大勢に見せればいいわ。水を通して、わたしたちがその人のところへと行って、悪いものはぜんぶ、食べてあげるから」


 この子はばかね。

 わたしたちはあなたの病だって食べてあげられるのに、そんなことにも気が付かないのね。

 わたしは少女の腕をひいて、こっちよと囁く。

 海へと少女を招いていく。

 そこにはわたしの仲間が待っていた。

 いくつもの髪の毛をたらし、きらきらとした目、鱗。

 わたしは父に似た。

 人間である父に。だから仲間たちが作った薬をときどき人へと売ってお金にする。妖怪といえども金がいることはあるのだ。


「おねえさんって、どんな種族なの?」

「アマビエ」

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