A patch of the blue sky

 その数日後、例の取引先を訪れた時にあの喫茶店の前を通りかかった。今日は梅雨の合間の、いわゆる五月さつき晴れだった。急に蒸し暑く、息苦しくなった気がした。


 あの時借りた青い折りたたみ傘は持ってきていなかった。あの女性は捨ててもいいと言ったが、張られた布地や骨の本数を見ても良いもののようだし、返した方がいいだろうと思った。

 目に涙を溜めた女性、その後どうしているだろうか。切なげな笑顔がずっと僕の脳裏にちらついて離れないでいた。


 とりあえず、喫茶店に顔を出してみよう。

 硝子の扉を開けると、店内は室温が調整されていて涼しく、心地いいコーヒーの香りで満たされていた。僕が普段過ごしている空間とは別世界だ。


「いらっしゃいませ」

 店員の女性の落ち着いた感じもこの前と変わらなかった。

「あの、すみません。マスターいらっしゃいますか。この前ここで女性から傘を借りた者なんですが」

「少々お待ちください」

 店員は奥のカウンターに行き、入れ替わりにマスターがやって来た。

「ああ、この間の」

 お互いに軽く頭を下げた。

「近くを通りかかったんですけど、肝心の傘を忘れてしまって」

「今日は降らないみたいですもんね」

 マスターは人懐っこく笑った。

「あの女性、ここによく来るんですか?」

「ああ、ええと」

 マスターは後ろを向き、店員に声をかけた。

「おうい、ミウちゃん、いつ来てたっけ」

「確か土曜の午後によくお見かけします」

 女性はミウさんという名前のようだ。

「都合がついたら傘を持ってきます。次はホットも飲みたいので」

「ありがとうございます。またお待ちしています」


 マスターの声を背に店を出た。むっとする暑さを感じて視線を上げると、厚いすず色の雲が鈍く光りながら、また空を覆い始めていた。

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