7 田中と食事
ぐるぐると柱に縛られた三体のゾンビ。勿論そうしたのは私と鈴木である。
彼らはとある仮説の実験のために用意した実験台とも言えた。
一体は朝昼晩とニンニクをあげ、二体目にはを朝晩。三体目には始終暇さえあればニンニクを食べさせるという少し悲惨な実験を行なっているのだ。この三体のうちどれかが正気を取り戻せば実験は成功であり、ゾンビであっても自我がある私達の同胞が出来上がるはず。
確証はなくとも私たちのような例外があるのだがら、もしかしたら人間に戻せなくても変化は与えられるかも知れない。
そんな思いから唸るゾンビにニンニクを食わせ始めてはや三日、未だに変化はない。
「やっパリゾンビ化したラ無理っぽイ?」
「ほカに方法なイカな?」
「……血管にニンニクチューブ、繋げてみまス?」
「悪魔か」
「サーセン」
それくらいしか思いつかなかったのだが、流石に鈴木には害悪だと思われたようだ。
しかしながらゾンビが思考を取り戻さないという事は、ゾンビ化後のニンニクの摂取は役に立たないと思っていいのかも知れない。だとすると私や鈴木のように事前に摂取しておく事が正解だと思われる。だがやはりそれでも疑問は残るわけで。
「……私と鈴木サんしカ見当たラナいノは何故?」
「確カに──」
私はともかく鈴木がゾンビ化したのはラーメン屋。それも横浜家系ラーメンだったらしい。そこならニンニクマシマシで食べてた人間は他にもいたはずなのに、何故鈴木しかこうならなかったのだろうか。
謎は一向に深まるばかりで何も解決しない。
「んぁあ、兎モ角お腹減りマシた。食ベ行キマシょ」
「そウスるカ」
落胆の息を漏らしながら私たちはお馴染みの生肉コーナーへ。事前に冷蔵庫に忍ばせ解凍しておいたブロック肉を当たり前のように取り出し、鈴木はイタズラを思いついたかのようにニヤリと笑った。
「今日ハ調理シヨう! どウせ此処ニいるのはゾンビだケ。何したっテ責めラレなイ!」
「ナル、ほど?」
そして向かったのはフードコーナー。ただ調理するだけだとゾンビがウジャウジャ湧くのは分かりきっているので電気屋からテレビや音楽プレーヤーを拝借し、少し遠いところに設置。からの電源をオン。大音量にしておけばそこにゾンビが次々と走り寄ってきた。
私たちそれを横目で確認するとフードコーナーへ戻り、器具を拝借して料理を作る。肉は塩胡椒で味付けしレアで焼いて、ついでに久々となる暖かいラーメンも作った。冷凍庫に保管してあったお高めのアイスを私が準備していると、鈴木はお酒を両手に抱えてやってくる。
「お互イ、考えル事は同ジだナ」
「……ゾンビに、年齢は関係アリますカネ?」
「……ナいんじゃナイ?」
との事なので、私はこの日アルコールデビューを果たすことのに成功。
ちゃんとした身体ではないし、もしかしたらもう先は短いかも知れない。なら少しばかり法律を破ったっていいだろう。
ゾンビの少なくなった安全地帯で私たちは一ヶ月ぶりのまともな食事を口にした。
ステーキはニンニクソースとワサビを用意し、暖かいラーメンにはニンニクと油をマシマシに。鈴木はそこにラー油と一味もトッピングしており、各々好き勝手にカスタマイズして食べる。満腹中枢もぶっ壊れているからかデザートにアイスを1リットル分を余裕で食べ終え、その後に傷んでいないフルーツを少々。クイっと鈴木が持ってきた缶酎ハイを飲んでみたがそこまで美味いともおわず、アルコールがただただ苦かった。
鈴木と私はそれからこれからどうするかと話し合いを開始する。
実験は失敗したしこのまま素人が続けても良い結果が出るとも限らないし、仮に変化したとてどうやって外の人間に伝えればいいのかも分からない。何より半ゾンビ化した私たちの話を聞く人がいるのだろうか。
結局のところ、私たちがゾンビになってしまったところで詰み状態でしかなかったのだ。
二人で深々とため息をついて酒を啜る。するとカタンと小さな物音が聞こえた。
ゾンビになったから異常に発達した聴力はその音の発生源を即座に理解して、四つの瞳はそちらを向く。するとそこにいたのはゾンビではない、武装していた人間であった。
「……あ、あ、あ」
悶えてないでさっさと逃げろよと考えていても、体は無意識にソイツに向かっていってしまう。悲しくも先程食べていたニンニク量では行動を支配する事ができないようである。こんな時のために用意しておいたチューブはカバンの中。そしてそのカバンは手元にない。
私は捕食型であるから動きは鈍いが、残念ながら攻撃型。背を向け逃げ始める男を既に追い始めている。きっと内心私みたいに淡々と何かを考えてあるのだろうが、体の自由は効かないらしい。
さっさと追いついてしまった鈴木は揚々と男に噛みつき、肉を引きちぎる。それと共に騒々しい悲鳴が上がり周りにいたゾンビもソイツに向かっていった。
どこかで知らない誰かの名を呼ぶ声も上がり、どうやら生存者は一人でなかったと知るも時既に遅し。私はどうしようもない空腹感共に男にかぶりつき咀嚼し、鈴木はもう一人の生存者へと足を向けている。
もう人食いたくなかったんだけどなと思っていても私の口は止まる事なく、ただただ男にかぶりついていた。
喧しい騒ぎが落ち着いたのはそれから数分後。鈴木は未だに肉を貪っていた私を力ずくではなし、淡々と現状を突きつけた。
現れた生存者は五人程。のち一人は食われて死亡、二人は既にゾンビ化。残りは一旦逃げ切ったが、見た感じ疲弊していたらしく生きて街から出るのは難しいだろうとの事。
「……多分、俺達ガ普通に食事シテるようニ見えタカラ間違えたのカモ知れなイ。料理シた匂いもしテただロウしナ、同じ生存者ダと思ったノかモ」
「んぁ、マァ、ゾンビらしくないシ。申し訳ナイね」
血濡れなら口元を拭い、まだ食われている男に合掌する。
一ヶ月余りだとしても体は痩せ細っているし、まともに食事なんてできていなかったのかもしれない。それなのに遠くから良い匂いが漂ってきて、その元を調べればきちんとした格好で食事をしている奴らがいる。それを同じ人間だ思い込んでしまっても仕方がないだろう。
こんな状況でそんなこと出来る人間いないと考えればわかりそうなものだが、きっと彼らにそんな簡単な事も理解できない程疲労していたのだと思う。
原因の一角は私たちにあると考えれば、酷い行いだった。生存者がいないと認識した結果の行動で人を食い殺す事となるとは。
それに、人を見つけると直前にニンニクを食べていただけでは身体主導権は握れないともわかった。今後は人を見つけたら即座にニンニクを啜らなくてはいけない。
「ハァ、人肉、美味しクなイ」
「ソレナ」
もう家畜以外の肉は食いたくはない。
私たちは口直しするためにチューハイの缶を開けた。
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