6 田中と鈴木


 



「ぬぁァァアアアぁ」

「ノォォォオオオん」


 目と目で通じ合う、わけでもなく絶叫。

 互いに驚いた、ともいえないくらい表情は動いてないがただ絶叫。

 そしてその声に釣られて辺りのゾンビが一斉にこちらに向かって走り出す音が聞こえてきた。


 目の前にいる男は物陰にしゃがみ込み、私も同じように身を隠す。別にゾンビに襲われる心配はないのだが、精神的に有象無象に囲まれるのは遠慮したいのである。

 同胞達は一度バックヤードに溢れかえったが、人間がいないと分かるとゆっくりと踵を返し消えていく。相変わらずひどい唸り声と涎を垂れ流していて同じゾンビとは思いたくはない。


 同胞といえば先程出会った男はゾンビ的センサーに引っ掛からなかったし、もしかしたら本当の意味での同胞なのかもしれない。何せ彼は私を見て叫び、そして隠れたのだから。


 ゾンビ達が減ったの確認するとのそりと動き、男と視線を合わせた。どうやら彼も同じことを考えているのだろう、その瞳には困惑の色が見える。


「……意識、アる?」

「……あリマす」


 ようやく見つけた同胞と固く握手を交わし、私たちは互い持ちゆる情報を交換することにした。


 彼の名前は鈴木浩一。至って普通のサラリーマン。営業周りの休憩中に入ったラーメン屋でゾンビ化したらしい。彼も意識を持ったままのゾンビ化したが、やはり人間の時のように自由気ままに体が動く事はない。人を見ると走り出して攻撃するタイプで、既に二、三人やってしまった後だとか。


「田中サんはどうシテここニ?」

「食べ物、探シテ。近場のスーパーは、既ニ腐り始メてテ。ニンニクもキレたし」

「……ニンニク?」

「ニンニク?」


 鈴木さんはニンニクという単語を聞くと少しの間首を傾げて考え始め、そして小さく頷いた。


「もしカして、ニンニク食べルと自我保てル?」

「……まサか、鈴木さンも?」

「うン」


 自我持ちゾンビが二人になったところでとある仮説が持ち上がる。


 鈴木も襲われる直前に横浜系ラーメンをニンニクマシマシで食べており、その後噛まれて意識を持ったままゾンビ化。周りの客も同じようなマシマシラーメンを食べていたのにも関わらず、彼だけがゾンビ化したというのだ。

 その他大勢と私と鈴木。一体どこに意識持ちかどうかの違いが出るのだろうと意見をさらに交換していくと、私たちの間には一つの共通点がある事がわかった。

 それは私達がその日に関わらず、日常的に微量なりともニンニクを摂取していた事。

 もしかしたら意識持ちゾンビはニンニクジャンキーなのかもしれない。


「デもなんデニンニク?」

「殺菌効果アルからとか?」


 そんな仮説を出してみたものの、もしすると他の要因があるかも知れない。私たちは科学者ではない故にそこまで詳しい話は分からないし、理屈を示せるわけではないのである。

 故にこれはただの仮説の一つだと心のうちに留めておこう。


「デモ、ニンニクが効果あナら他のゾンビにまキくかも知れなイ」

「んぁー、やってミましょうカ?」

「……人、襲わナイ方がイイしネ」


 いくら私達がゾンビ化したとしても進んで人を襲っているわけではない。そして感情が乏しくなっていても襲われている人を哀れと思わないわけでもないのだ。

 もしそこにいたのが家族だったら友人だったら、きっとなんとかしたいと思う事だろう。

 だからもしニンニクで正気を保てるゾンビがいるのならば試さない手はない。


「そレじゃア、ヤってみまショう!」




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