5 田中と……?

 

 


「んヌ、ニンニク少なクなっタ?」


 カバンに常備していたニンニクのチューブの残りは三本。普通に生きていればまだ余裕のある数だが今はそう言っていられない。何故ならば正気を保つ為に咥えて出かける事が多いからだ。


 生存者がいるかどうかわからない店へ出向く時は事前に襲わないようにする為ニンニクマシマシの朝食をとり、道中をチューブを咥えながら歩く。こうなる前からニンニクの消費量は友人達より多かったが、今はそれの比ではない。ついでに言えば味覚も変化してそこそこ味の強いものしか感じられなくなっていた。

 もう二度と日本人の愛する出汁が美味しく飲めないと思うと苦痛でしかない。



 ため息をつきながらも私は主食になりつつあるニンニクを探し求め、ゾンビの蔓延る街の中へと向かう。

 ゾンビが騒動から半月ほど経った今では生存者を見ることはそうそうない。うろうろしている生き物はゾンビだと胸を張って言える。最初の頃から比べると重傷なゾンビが増えてきているとようだが、それと共に行動やめたゾンビの数も少しずつ増えていた。


 死んだと思われるゾンビの殆どは人間であった時に重傷を負った者で、目玉がなかったり腑が出ていたりよくゾンビ化できたなと思える状態のモノばかり。きっとゾンビ化を継続する為には多少なりとも健康体ではなくてはならないのだろう。ゾンビ化させておいて健康体とは如何なものかと愚痴も言いたくなるも、相手がいないのでどうしようもない。


「──あ、ツイた」


 ゾンビの間をすり抜けて辿り着いたのは、少し離れたところにあるショッピングモールだ。人間であった頃に友人達とよく訪れた場所であり、この辺の学生ならはバイトをしているものも多かった。


 その頃とは違い流石に飲食店からは不快な匂いしかしないし、中に入っても何もいいことはないだろう。とりあえず今日の目的はニンニクと肉。氷漬けになってそうだが冷凍庫にはあるだろうし、どうせ他のゾンビは冷蔵庫を開けるなんて事はしない。上手くいけばここの冷凍庫だけでひと月くらいは食いつなげるかもしれない。


 のたのたとゆっくりとした足をすすめ、最初に向かったのは食材コーナー。そこで三個入りの生ニンニクを入手する。ネチャネチャしている肉ばかり食っているが、カリカリとしたニンニクが加われば食の幅が広なると思いたい。こんな最低な日常でも何かしらの変化は必要なのだ。


 そして次に向かったのは調味料コーナー。塩コショウ、ニンニクをはじめ、長期保存の効くスパイスを少々。ケチャップとマヨは冷蔵保存が必要だから今回はスルー。このところ味覚は役に立たなくなりつつあるが、それでも変動は欲しい。


 後欲しいものは主食なわけで、そのまま生肉コーナーへ。

 当たり前だが品出ししてある商品はもれなく飾っており、やはり異様な臭いが漂っている。ゾンビ化のお陰かクサイとは思わないが、食べたいとは思えない代物だ。いつの間にか隣を歩いていたゾンビも生肉には見向きもせずそのまま通り過ぎたし、きっと生身の人間にしか興味はないのだろう。

 人間としては異常だが生肉を求めているのは私ぐらいなのだろうとバックヤードに入り込むと、中はこれまた悲惨であった。

 生肉を扱う故にクーラーはより涼しく効いているが、入ってすぐそこにあったのは首のとれた若干傷んだ遺体。ごろんと転がっている頭からあまり血が出た形跡はなく、代わりに赤黒いネバネバした液体がわずかについていた。

 人間であれば大量に出たであろう痕跡がないので、多分これはゾンビか人間にやられたと考えたほうがいいだろう。私は切り口を見ていつやられたなんて分かる名探偵でないが、こんな事ができるのは生きてる人間だ。

 少なくともこのゾンビがやられた時には生存者がこの施設にいたという動かぬ証拠でもある。

 そいつがまだ生きているとは限らないが、施設内で出会ってしまう可能性も捨てがたい。もしそいつがゾンビを目の敵にしていた場合、鈍い私に逃げる事は不可能では?


 ならばさっさとずらかるとしよう。


 そっとその場から立ち上がり、耳を澄ましながら後退する。そして振り返ってみると、そこには私以外の存在がいた。


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