第51話 デタラメな噂
「おい! 大変なことになってる!」
無事研究テーマも決まり、研究計画書の作成も目処が立った。
まだまだ寒い日は続くけれど、私達の熱気は留まるところを知らない。
三年生への進級まであとわずか。
そんな日に事件は起こった。
「な、何、どうしたの?」
こんなに慌てている朔空の姿は未だかつて見たことがない。
その日はミライさんが何かの会議で相談室が使えないということで、近くのファミレスに集まって作業をしていた。
「とにかくこれ見ろ!」
部活のミーティングに参加していた朔空は、後から駆け込んでくるなりスマホを見せる。
「何、これ……」
その画面を見た瞬間、私たちは言葉を失った。
それはSNSの内容をまとめたものだったが、話題になっているのは明らかに私達のことだった。
いわゆるモテテクだとか十八禁に該当するようなことを研究テーマにして卒論を書こうとしているやばい奴らがいる、というものだ。
「こんな、嘘ばっかり」
莉緒は顔面蒼白になって小さく震えている。
「……噂に尾ひれがつきまくってこんなことになったんだろうな」
愛生は幾分か冷静に分析する。
確かに一部は本当のことも混ざっている。私のテーマは恋愛に関することだし、朔空のテーマには性教育も含まれている。
だからといってそこに書いてあることはあまりにも悪質だった。恐らくは面白くするために話を盛ったり憶測が付け足されたりした結果、とんでもない噂になってしまったのだろう。
「こんなのよく見つけたね」
朔空に向かってそう言うと、朔空は苦々しい表情を浮かべる。
「部活のミーティングが終わったあと、荷物をまとめてたら教えてくれたやつがいて。そいつもまさか俺がメンバーの一人だとは思ってなかったみたいなんだけど」
確かに卒論のことはおおいに面白おかしく書かれているが、実際誰がやっているのかは書かれていない。
それこそ憶測が飛び交って、勝手に名前をあげられている人もいる。
その中には愛生の名前もあった。
「で、これどうする? デタラメだって言うべき?」
私がみんなの顔色を伺いながら尋ねると、愛生はしれっと答える。
「別に放っとけよ。俺達は真面目に活動してるんだし、言いたいやつには言わせとけばいいだろ」
「そうだけど……」
「うっ……」
すると我慢の限界が来たのか、ついに莉緒が泣き始めた。
「り、莉緒……」
「ご、ごめん、あの……」
莉緒はそこで言葉をつまらせてしまう。私はそっと肩を抱いて慰める。
「とにかくさ、結構拡散されてるみたいだから、明日ミライさんに相談してみないか」
朔空がそう言って、私達は黙ってうなずいた。
その日はもう研究どころではなくなってしまって、私達は早々に帰路についた。
◇ ◇ ◇
次の日。朝のホームルームが終わったところで、担任の先生から声をかけられた。
放課後職員室に来るように、ということである。
何もやらかした覚えはなかったが、用件を聞いても先生は答えてくれなかった。
「あれ?」
そしてその放課後。
職員室に行くと、会議室へと連行された。中には朔空と愛生がいて、そこでだいたいの用件を察する。
「全員揃うまでここで待っていてください」
先生はそれだけ伝えて会議室から出ていってしまう。
「よっ」
愛生がのん気に挨拶などするものだから、私は力が抜けてしまう。
「流石、呼び出し慣れてる人は違うね」
「それを言うなよな」
愛生はケラケラと笑った。
「お前らのん気だな」
朔空がため息混じりにそう言うが、愛生はどこ吹く風だ。
「俺達は別に何も悪いことはしてないからな。どうせちょっと事情を聞かれるだけだろ」
「ってかさ、愛生が混じってるからこんな大事になってんじゃないの?」
私がそう言うと、愛生は苦笑する。
「それは否定できないかもしれないな」
すると朔空は呆れたようにこめかみに手を当てて首を左右に振った。
そんなまったく緊張感のない話をしていたら、やはりというべきか、扉が開いたと思ったら莉緒が部屋に入ってきた。
そして私達の姿を認めると、一気に顔色が悪くなる。
「莉緒、お疲れ」
先程と同じように、付き添いの先生が声をかけてから立ち去ったのを確認すると、私はいつもと変わらぬ様子で話しかける。
すると、莉緒は益々混乱を深めたようだ。
「え、な、何? どういうこと?」
「見ての通り、俺たち仲良く呼び出しです」
愛生がおちゃらけたようにそう言って、私は思わず笑ってしまう。
一方朔空は呆れた様子でそんな私達を見ているし、莉緒は莉緒で事態を掴めず扉付近で固まってしまった。
「莉緒、こいつらのことは放っといて、とりあえず座れよ」
朔空が声をかけて、ようやく莉緒は空いている席についた。
「えっと、つ、つまり多分あれのことだよね?」
莉緒が戸惑いながらもそう言い、私はうなずく。
「だろうね。まあ、事情聴取でしょ」
すると莉緒がまた泣きそうになる。
「だ、大丈夫?」
ちょっと無神経過ぎたかと反省するが、莉緒は健気に首を縦に振る。
「う、うん、ごめん。事情聴取……。うん、そう、私達は何も悪いことはしてないもんね」
自分に言い聞かせるように言う莉緒に、愛生が声をかける。
「莉緒は黙ってていい。こういうのは慣れてるから、俺が全部話す」
さらっとこういうことを言えるのが愛生のモテる秘訣なのかもな、と思いつつ、その言葉は同時に私の心も安心させてくれた。
「ありがとう。あの、大して役には立たないかもしれないけど、私も、聞かれたことには精一杯答えるよ」
莉緒は莉緒で健気にもそんなことを言うから、私は思わず莉緒の体を抱きしめた。
「大丈夫、私もついてる」
すると、莉緒はクスクス笑った。
「うん、頼りにしてる」
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