第46話 夏休みに学んだこと

「みんな、夏休みは謳歌した?」


 いつもの明るいミライさんの声が響く。夏休み明けとはいえ、まだまだ残暑の厳しい季節ではあったけれど、相談室は空調も効いていて快適だった。


「そりゃあもう、一通りいっぱしの高校生が経験するであろう経験をしまくりですよ」


 私がドヤ顔でそう言うと、朔空が乾いた笑みを浮かべた。


「はは、俺は宣言通り部活漬けでしたね」


 言われてみればなんとなくではあるけれど、さらに体が引き締まったような気がする。


「私はここで小論文を書いたこと以外はあまり去年と代わり映えしませんでした」


 莉緒がそう言って、ミライさんは満足そうにうなずいた。


「ところで、愛生はどこ?」




「よくぞ聞いてくれましたミライさん」


 私はため息混じりにそう言った。


「何々?」


「あいつ、結局英語の補習を真面目に受けなかったうえ、夏休みの宿題も手を付けてないのがあったみたいで、居残りさせられてます」


 私が呆れながらそう言うと、みんなは苦笑いを浮かべた。


「あちゃ〜、それは流石にアウトだね」


 ミライさんの発言に私は激しくうなずく。


「愛生は好きなことはとことん追い求めるけど、自分にとって不要と思ってることとか興味ないことはとことんおろそかになるからな」


 そんな朔空の発言に、莉緒も乗っかる。


「ま、まあ、愛生っぽいといえばぽいけど」


 しかし、このままだと愛生の話題で盛り上がってしまいそうだったので、私は空気を変えるように手を叩いた。


「とにかく、いないやつのことを話していても不毛ですから研究会を始めましょう」


 するとミライさんがにっこりと笑う。


「そうだね。と言っても、本当は全員揃ってから話したかったんだよね……」


 そこで何やら考え込むと、なにか思いついたように手を叩く。


「そうだ。じゃあ、愛生が来るまで、夏休み中に学んだことを発表してもらおうかな」


 するとすかさず朔空が手をあげる。


「あの、俺は本当に部活と宿題くらいしかないんですが……」


 朔空の言葉にミライさんはうなずく。


「まあ、これも練習だと思って。その中からクィア的視点で何か言えそうなことを考えてみて」


 それは結構な無茶振りのような気がしたけれど、朔空は難しい顔をしつつもうなずいた。


「じゃあ、とりあえず十分くらい時間をとるから話をまとめてみてね」


 その声に合わせて私達は個人作業に入った。




 その後に始めた発表は、思っていたよりもバラエティに富んでいて非常に面白かった。


 トップバッターを務めた私は、支援団体の訪問やクィア交流会の話をした。


 話をするだけでもそうだが、途中で飛んでくる質問に応えることで、自分の中で思い出がより整理整頓されていくような気がした。


 続いて発表したのは朔空で、部活が唯一休みになるお盆に父方の実家に帰省した際のエピソードを話してくれた。


「父方の家に集まって宴会するのがうちのお盆の恒例なんですけど。今まではそれが当たり前で全く気づいていなかったんですが、そういう宴会のとき、部屋が何故か男部屋と女部屋に分かれるんですよ」


「え、何それ、トイレみたい」


 私が思わずそう言うと、朔空は苦笑いを浮かべた。


「いや、本当にな。しかも男部屋の方は奥の座敷に用意されるんだけど、女部屋は、部屋というか、台所にあるダイニングテーブルなんだよな。そんで料理しながらつまみ食いしてる感じで、男部屋の方はただ運ばれてくる料理や酒を食ったり飲んだりしてるだけなんだ」


「なんか、格差エグいね」


 若干引き気味にそう言うと、朔空はうなずく。


「俺ももっと小さかったときはダイニングテーブル側だったんだけど、いつからだったか座敷に移ってさ。こわいのは、それが当たり前になってたことなんだよな」


 朔空がそう言うと、神妙な面持ちで莉緒がうなずいた。


「家父長制の名残だろうね。しかもそれが全員にとっての当たり前になっちゃってる」


 その言葉にはうなずきつつも、私は別の視点を出してみる。


「あの、私は絶対嫌っていう前提だけど、それでも、当人たちが全員納得してたらそれはそれでいい気もしちゃう。第三者が口を挟むことでもない気がするし」


 すると莉緒がすかさず反論する。


「差別を受けていても、それが差別だという知識がないと、差別を受けてることに気づけないんだよ。それが当たり前のこわさなんだよ」


「当たり前のこわさ、か……」


 莉緒の言葉を受けて、朔空は噛みしめるようにそう言った。




バンッ!


「すいません! 遅くなりました!」


 その瞬間、勢いよく扉が開いて、愛生が転がり込んできた。

 それに一瞬呆けてしまったが、はっと我に返ると愛生を糾弾する。


「ちょっと愛生! そんな勢いよく飛び込んできたら危ないでしょうが!」


 すると愛生はそそくさと定位置に腰かけると、笑いながら謝罪する。


「悪い、悪い。夏休み明け一発目なのに参加できないかと思ってさ!」


「全然悪いと思ってないでしょ。せっかくいいとこだったのに」


 私が拗ねたようにそう言うと、愛生は首を傾げる。


「へぇ、何してたの?」


 するとミライさんがのほほんと答える。


「それぞれ夏休みに学んだことを話してたんだよ」


 そして莉緒が言葉を引き継ぐ。


「もう華恋の話は終わって、今は朔空が話してたとこ」


 すると愛生は状況を理解したのか何度かうなずく。


「えーっと、そうだな。だから学んだこととしては、クィアの視点を持ってることは改めて大事だって気づいたことかな」


 朔空は無理矢理そう締めくくった。




 愛生が来るまでという話だったが、せっかくなので、ということで、莉緒と愛生もそれぞれ学んだことを発表した。

 二人とは一緒に過ごした時間が長かったけれど、改めてそれぞれから話を聞くのは新しい発見があった。


「じゃあ、みんなの発表が終わったところで、今日の最重要伝達事項を発表します」


 ミライさんの言葉に、部屋の空気が引き締まる。


「みんなには、これから研究計画書を作ってもらおうと思います」

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