第44話 新しい恋の予感
「結局、課題どうする?」
せっかくなので打ち上げに行こう、という朔空の号令の下、私たちはファミレスに集まっていた。注文したパフェに舌鼓を打ちながら、私は尋ねる。
「俺はたぶん、何もやれないと思う。悪い」
朔空は申し訳なさそうにそう言った。
「仕方ないよ。通常の宿題も鬼のように出たし、ミライさんもやらなくていいって言ったんだから」
莉緒は励ますつもりでそう言ったのだろう。しかし、それはこちらに飛び火して、私は思わず嘆いてしまう。
「うげ。そういえばそうだった」
わが校はエスカレーター式な分、大学受験を乗り越えてきた同級生と差が出てはいけないと、通常の授業からしてかなり詰め込み型だ。受験生に比べれば少ないのかもしれないけれど、それでも宿題の量から考えて、夏休みに割かれる勉強量はそれなりのものになるだろう。
「休みが休みじゃないよな」
愛生もこれに同意した。愛生は更に夏休み中に英語の補習がある。
「むしろ追加の課題なんてほとんどやれないのかも」
私が悲観的にそう言うと、朔空が答える。
「まあ、それは気持ち次第じゃないか」
朝から晩まで部活漬けになることが約束されている朔空にそう言われてしまうと、なんとなく、比較的暇な私が匙を投げるわけにはいかない気がしてくる。
「う~ん……。で、莉緒と愛生はどうするの」
改めてそう聞くと、愛生は即答する。
「もちろん、俺はやる。せっかくだし、支援団体の訪問とか交流会への参加とか、夏休みだからこそできそうなことにしようかと」
その答えにからかいの気持ちが沸きあがる。
「大丈夫なの? 愛生は英語の補習もあるでしょ?」
すると愛生は得意げに笑った。
「わかってないな、華恋。英語の補習中に宿題を片付ければいいんだよ。強制的に机に向かわされている分、家でやるより集中できる」
「いや、それ全然ドヤ顔で言うことじゃないから。それじゃあ英語の補習の意味がなくなるでしょ」
私は呆れて突っ込むが、愛生はどこ吹く風といった具合だ。
「あのな、語学なんてものは、そのうちAIが全部どうにかしてくれるんだよ。そんなことに時間を割く必要はない」
「出た。勉強できないやつが使う勉強不要論」
すると私たちの会話に朔空が割って入る。
「まあ、何に重きを置くかなんて人それぞれだ。それで愛生が困っても自業自得なんだから放っておけよ」
朔空の仲裁に、私はひとまず不毛なことで愛生と争うのはやめた。
「じゃあ莉緒はどうするの?」
「う~ん、私も何かしらやろうと思ってるよ。小論文は書いたことないから、卒論の練習になりそうかなって」
私が納得したようにうなずくと、おもむろに愛生が口を開いた。
「……ところで、前から思ってたんだけど、莉緒ってミライさんのこと好きだったりする?」
その瞬間、飲みかけの紅茶を吹き出してしまった私をどうか許してほしい。
「え」
莉緒から発せられたのはたった一文字の感嘆詞だった。私は慌てて口元やテーブルをおしぼりで拭きながら、莉緒の様子を観察する。すると、みるみる顔が赤く染まっていくのがわかった。
「え、え、え……な、何! きゅ、急に何なの⁉」
真っ赤になって慌てる姿を見ると、あながち愛生の指摘は間違っていないのかもしれない。私は俄然興味がわいた。
「何々、どういうこと?」
莉緒と愛生の顔を交互に見ながら訪ねると、愛生が答える。
「別に、ただの勘だったんだけど……。なんとなく、クィア研究の時の莉緒は生き生きしてる感じがするし、特にミライさんと話すときは楽しそうだよなって思っただけで」
愛生としても確信があって聞いたわけではなかったのかもしれない。何せ愛生以上に莉緒と一緒にいる私が気づかなかったのだから。
「えっと、それはただ、本当に興味があるからで、そこにミライさんは関係ないというか」
真っ赤な顔をしてあわあわと主張されてもあまり説得力がない。もしかすると、莉緒がめきめきと頭角を現していたのは、いわゆる恋のパワーというやつだったのかもしれない。
「別にいいんじゃない? 私もミライさん素敵だと思う」
「だ、だからそういうんじゃなくて!」
そうして、私たちは課題のことなどすっかり忘れ、採れたての甘酸っぱい恋の味に酔いしれていた。
夏休みを前にして、何かが始まりそうな予感がした。
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