第36話 なぜ人は結婚するのか

「あ、えっと、あの、私は皆さんと違ってエッセイを選びました。タイトルは『妻と妻で家族になる』です。タイトルもそうなのですが、この表紙が素敵だなと思いました」


 そう言って本を掲げる。その表紙はそれぞれウェディングドレスを着た二人が嬉しそうに教会の前で笑っているイラストだった。


「いわゆるボーイズ・ラブとか、百合と言われるフィクションの作品ではなくて、本当にリアルな同性同士の恋愛とか結婚とか家族って、どんな感じなのだろうと思ってこの本を選びました」


『今、関心があるのは、例えば私みたいな人は、将来どんな風に生きていくんだろう、とか』

 その時、莉緒が先程語っていたフレーズが頭の中に浮かんだ。莉緒にとっては、それはあるかもしれない現実なのだろう。


「えっと、この本は、リマさんとエイさんという二人の半生についてつづられています。二人がどんな風に出会って、どんな風に惹かれていって、プロポーズはどうだったとか、家族に紹介するときのエピソードとか、パートナーシップ制度を利用する際の苦労とか、とにかくてんこ盛りの内容でした」


 そこで愛生が少し驚いたように口を挟む。


「へぇ、第一章だけでそんなに内容が充実してたのか?」


 すると莉緒は慌てたように補足する。


「あ、すいません。えっと、第一章は二人の出会いの話でした。ただ、この本は読みやすかったので一気に読んでしまって」


「え? まさかあの短時間で一冊まるまる読んだのか?」


 朔空が驚愕に目を見開くと、莉緒は身を縮こませる。


「ご、ごめんなさい」


「あ、いや、非難したわけじゃなくて……」


 莉緒の謝罪に、逆に朔空の方が困ったように眉尻を下げた。そういえば莉緒は速読が得意だったよな、と思い出しつつ、本題とは関係のないところに時間を割かれるのももったいない。私は助け舟を出す。


「えっと、まあ、それはいいから話を先に進めたら?」


「あ、悪い。そうだよな」


 朔空が慌ててそう言って、莉緒もほっとしたような笑みを浮かべた。


「そ、そうだね。えっと、それでは気を取り直して……。えーっと、とにかく、そう、内容は充実してました。その時どんなことがあって、どう思ったのか。それがそれぞれの視点から語られていて、とても興味深かったです」


 持ち直した莉緒は、一生懸命さを全身から醸し出しながら、言葉をつむぐ。


「学んだことはたくさんあるのですが、一番印象的だったのはパートナーシップ制度を利用することを決めたときのエピソードです。私、そもそも結婚というのがどういうことなのかよくわかっていなかったんだなって思いました」


「結婚? パートナーシップ制度じゃなくて?」


 私がそう尋ねると、莉緒はうなずく。


「もちろんパートナーシップ制度もなんだけど、そもそも結婚の方もよくわかってませんでした。漠然としたイメージとしては、付き合って、プロポーズがあって、結婚式をして、一緒に暮らして、みたいな。その過程で、役所に婚姻届を出すとか、色々なプロセスがあることもわかるのですが、とにかく結婚すると何が変わるのか、結婚できないと何に困るのかがよくわかっていませんでした」


 すると愛生が深くうなずきながらコメントをする。


「そう言われてみると、確かに。事実婚、とかって、籍を入れない人も増えてる中で、結婚する意味って何だろうな」


「う~ん、やっぱり安心感、とか?」


「安心感?」


 私が聞き返すと、朔空はその意図を説明する。


「単純に、やっぱりゴール感はある。結婚することで落ち着けるというか、もちろん離婚の可能性はあるにしても、一旦は『お互いを想い合って添い遂げよう』って約束をするわけだろ?」


「う~ん、そうだけど、離婚率って年々伸びてるんでしょ? 最早結婚は確約じゃないよね」


 言った後で少しキツイ言い方だったかも、と若干後悔したけれど、朔空は極めて冷静に答える。


「でも、離婚しない人だって一定数いるわけで、『この人なら大丈夫』って思うから結婚するんじゃないか?」


 それはずいぶんロマンティックな言い方だとは思うけれど、最初から離婚前提の結婚の方が稀だろうということはわかる。


「それに、何というか、『して当たり前感』はまだある気がする。そう意味で、レールから降りる恐怖よりレールに乗っていることに対する安心感、みたいなのはあると思う」


 朔空が付け足すようにそう言った。


「『レールから降りる恐怖よりレールに乗っていることに対する安心感』って、悔しいけどすごいわかりやすい表現。『結婚は人生の墓場』なんて言うけど、それでもやっぱりまだまだ『レールの上』なんだよなぁ」


 朔空に対して、というよりはどちらかというと独り言に近い形で愛生が言った。


「えっとね、盛り上がっちゃうのはすごくわかるんだけど、話がそれてる気がするな」


 ミライさんにそう言われて、莉緒を置いて色々と話してしまっていたことに気づく。


「やば! ごめん、莉緒」


 私が慌ててそう言うと、つられた様に莉緒も慌てる。


「ぜ、全然! 全く問題ないです!」


「んふふ、じゃあ続きをどうぞ?」


 そんな私たちのやり取りに、ニコニコと笑顔を向けながらも、ミライさんは続きを促した。

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