第31話 恋愛って選択科目じゃないんですか?
それはさておき、さっそく先ほど持ってきた本を読もうとページをめくり、改めて中に目を通したところで少し困ってしまう。
ミライさんは『第一章を読め』と言っていたが、この本は序章から始まっていたのだ。序章は飛ばして第一章を読むべきか、はたまた序章から読むべきか。
しかし、よく考えればミライさんの持ってきた本の中には雑誌、漫画、絵本もあったので、そもそも第一章などという区切りが存在しないものがあるということだ。
そう思うとやはり指示が雑だよな、と思いつつ、とりあえずここは素直に序章から読み始めることにした。
序章は、この本を執筆した背景、要は『なぜこの本を執筆しようと思ったのか』という内容だった。
曰く。『草食系』や『絶食系』といった言葉が流行り、恋愛に積極的ではない、あるいは関心のない人々が一定の市民権を得るようになった一方で、それらを『若者の〝恋愛離れ〟』として問題視する傾向も存在し、まだまだ恋愛が一種の〝通過儀礼〟として扱われていることも否定できない。
曰く。その根本には、『恋愛をしたら結婚して、結婚をしたら子供を作って』という、恋愛と結婚と生殖をセットとして考えるロマンティック・ラブ・イデオロギーや、『恋愛のゴールは結婚でなくていいけれど、結婚するなら前提に恋愛感情が必要だ』とするロマンティック・マリッジ・イデオロギーが存在するのではないか。
曰く。恋愛、性、結婚、生殖が、それぞれ歴史的、文化的、社会的にどう扱われてきたか、それが人々にどう影響を与えてきたかを紐解きつつ、恋愛をしないという選択も含めた真に自由な恋愛主義、思想とは何かを考えるべく、本書を執筆した。
そこまで読んで、なんというか、大変な本を手に取ってしまった、と思った。
言葉が難しすぎてわからない、というわけではない。むしろ言葉一つ一つはわかりやすい。それでも、やはりこれは専門書の類なのだな、と改めて思った。
『恋愛が一種の〝通過儀礼〟として扱われている』とか、『恋愛と結婚と生殖をセットとして考える』とか、『結婚するなら前提に恋愛感情が必要』とか、それこそ、『それって当たり前だよね』とされていることを紐解いていく学問。
愛生から説明されても、私はどこか恋愛を研究する、ということがピンと来ていなかった。当たり前を疑う、なんて、口で言うのは簡単だけれど、実際にどんな風にそれを成すのかわかっていなかった。
それはぼんやりと白い靄がかかった道を、進んでいる方向が合っているのかもわからず進んでいるような感覚だった。
それが今、ようやくその全体像が見えてきたように感じた。もちろんまだまだ細部まではっきり見えているわけではないけれど、少なくともこの先に何があるのか、道中に何が待ち受けているのか、その外観が掴めてきたような気がするのだ。
そうして更に先へとページをめくろうとしたその瞬間、本の上に影が落ちる。
「集中してるねぇ」
驚いて顔をあげると、こちらを覗き込んでいるミライさんの顔があった。
「ひょえ!」
思わず変な声をあげてしまったけれど、莉緒と愛生はこちらを一瞥するとすぐに自分の世界へと戻ってしまった。
私と同じく、よほど選んだ本が興味深いものだったのだろうか。
「ふふふ、次は華恋ね」
ミライさんに促され、私は朔空と交代で個別相談室へと向かう。
その際、少しだけ愛生と朔空がまた険悪な空気を出さないか心配になったけれど、二人とも既に自分の作業に集中しているようだった。そこには、莉緒も含めて『お互いの世界には干渉しない』という無言の鉄則が確かにあるようだった。
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