先輩と僕

天雪桃那花(あまゆきもなか)

先輩

 僕には彼氏がいる。

 だけど、どこか心の隙間が埋まらない。虚しい気持ちが消え去らずにいた。

 ここにいれば僕は彼氏とのことを考えずにすむ。

 一人で過ごすこの時間がこの上なく安らぐ時間だった。


 最近、僕のこの静かなる時間を壊す者が現れた。



 冬の放課後の屋上のベンチには僕しかいなかった。落下防止のために屋上はゴルフ練習場のように網で全方位囲まれている。

 網ごしに眺める夕焼けはやけに目に強く赤くまばゆい。


、いるんだ?」

「ええ、またいますよ。先輩、来たんですね?」


 僕はベンチに寝転んでいたが先輩が来たので座り直した。


「うん、来ちゃった。君と話したくて」


 そう言って僕の横に座る先輩。


「君は中庭か屋上にならいるかなと思ったんだ」

「当たったよ、先輩。僕はここにいる」


 先輩――。


 僕はあなたに会えて嬉しい自分に気がつく。

 先輩に心惹かれていく僕を知る。


 ……きっと。

 たぶん、先輩も僕に特別な感情を持っているんでしょう?

 違うのかな、僕が自意識過剰なだけなの?


 僕は先輩の顔にかかる艶のある綺麗な黒髪をよけ、そのまま頬を包み唇にそっと口づけた。


「あっ……」


 少し身じろぐ先輩を追うようにまた口づけた。


「綺麗だ。好きです」

「彼氏いるのに」

「彼氏か……アイツを本当に好きか分からない。僕は女だけど……、あなたのことが好きになったみたいだ。先輩だって彼氏がいるじゃないですか」


 僕は先輩の胸に顔をうずめた。小さすぎもせず、大きすぎもしない。とてつもなく柔らかい。


「手で触っても良い?」

「……良いよ」


 そっと先輩のブラウスの裾をスカートのウエストから出してゆっくりと下から肌をなぞると、先輩が顔を赤らめながら小さく「ひゃっ」と声をあげた。


「まだ……したことないの?」

「ないよ。彼氏はしたがってるけどね」


 かわいいよ、先輩。先輩の初めてを僕にください。

 そんなこと言えないけどね。奪ってしまうには先輩は純粋すぎて、僕の思いは無責任だ。


「先輩。僕となら出来る? する?」


 冗談めかして言ったのに思いのほか、先輩は真剣そのもので。


「女同士ってこの先はどうするの?」

「……さあ? ごめんなさい。よく分からないけど」


 ただ先輩、あなたと体を重ね合わせるだけで僕は満たされると思うんだ。先輩の存在にかき乱されもしてる。


「君は彼氏とは……その……キスとかしてるの?」

「初体験はすませましたよ」


 そう言ったら、先輩は泣いた。

 僕は泣かせてしまったんだ。


「なんで先輩が泣くの?」

「分からない……」

「僕のことが好きだからですか?」

「たぶん、そう。……そうだね私、君のことが好きなんだ」


 玉になった雫は先輩の瞳からこぼれ落ちた。僕は親指で流れた跡をぬぐう。

 この人を守りたいと思った。

 僕は先輩のブラウスを元通りにして、もう一度口づけた。

 先輩の柔らかい唇は僕の唇とぴたっとくっついた。ゆっくりと押しつけると、体の芯に痺れとうずきが走る。


「寒いから帰ろうか。……先輩?」

「まだ一緒にいたい。抱きしめて」


 二人が同時に息を吐くと僕の白い蒸気と先輩の吐息が混ざり合う。僕はベンチに先輩を押し倒した。


「僕は女性は初めてです。覚悟はできてますか?」


 先輩の耳元で囁くと小さなため息と吐息が漏れた。「良いよ」と先輩の消え入りそうな可愛らしい声がした。僕はそれを聞いてホッとする。

 先輩の耳朶じだを軽く噛みながら、整えたばかりのブラウスをまくし上げる。


 僕は押し開くように先輩のなまめかしい色気を放つ両脚に自分の両脚を絡めた。

 自分の内側のぞくりとした欲望を解き放つ。

 隠すものを一枚ずつはがした。お互いがさらけ出すと熱を求めて抱き合っていた。柔らかく華奢な先輩の体が触れているだけで、僕の頭も体も心地よさにどうにかなりそうだった。

 僕と先輩。

 互いに、離れられなくなるのが分かってた。


 山の方から強い風が鋭い音をさせ、僕らのあたりにやって来た。からかうように吹き荒ぶ北風に負けじとますます僕らは固くきつく抱きしめ合った。


 離れられない。

 惹かれ合う。

 激しく求め合う。


 ただの、話すだけの僕と先輩が、とてつもなく恋しい二人に変わっていく――。




          【了】




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