第6話

「じゃあ、松山の案件頼むぞ」


「はい。必ず成功させます」


 佐久間と別れ一旦コーヒーを飲みに休憩室に向かう。スバルホームズの休憩室はかなり豪華で、さまざまな粉末タイプのコーヒースティックが置いてある。これも福利厚生のため無料で飲むことができる。そのためこの休憩室は女性社員がほっと一息ついてリフレッシュをするのにとても有効利用されていると聞く。もちろん男性社員も足繁く通う人が多い休憩スポットだ。小鳥遊が休憩室に足を踏み入れると、営業事務で働く女性社員たちが小話に花を咲かせていたが、小鳥遊の姿を見つけるやいなやぱっと会話を止めてしまう。部長という肩書きがそうさせているのだと理解しているから、さっと軽く飲み干して営業課のあるフロアへ戻っていく。後ろのほうから、また小さな声で小鳥たちが歌うように話しているのが聞こえて、やはり女心はわからないなとこめかみをつねった。


 キジマ鉄鋼との合同会議はこれが3回目になる。最近できた新しい鉄鋼会社だが、そこで作られる鉄パイプは頑丈で長持ちすると評判で今回の商談が成立することになったのだ。課長の横溝から念入りに指導を受け、部長としては初めての営業になる。シャツの襟を正して書類に不備がないかもう一度確認する。ぱらぱらとページをめくり、部数を確認してクリアファイルに入れる。


 同行する米原よねはらに声をかけて本社を出た。営業部のエリアから出て、オフィスの1階にあるゲートをくぐる。ここのオフィスは金融や広告、コンサルなど数多の会社が入っているオフィスビルのため人が多くて歩きにくい。ようやく人並みのごったがえしたロビーを出てタクシーに乗り込む。新橋までの移動中、桜並木が風に吹雪いて花びらが散るのを米原は窓から写真におさめていた。重要な会議が迫っているというのに米原は緊張もせず、いつものように妙な歩き方で後ろをついてくる。右手と右足が交互に出るような古武術を元とした動きのようたま。そんな変わり者の部下との商談に、少し緊張が帯びてきた頃だった。


「部長。そんなに緊張しなくてもー」


 タメ口なのか敬語なのか曖昧なセリフを口ずさむ米原の真意は定かではない。にへら、と笑った顔は珍獣の笑顔のようだ。オンとオフの切り替えが上手く、先方の前では礼儀正しくなるものだから二重人格ではないのかと疑うほどだった。米原はベータの一家に産まれた生粋のベータだ。大学時代苦労したと聞いている。住販会社で働くのを夢見てさまざまな資格を取りインターンに足繁く通い、ようやく面接にこぎつけたのだという。スバルホームズは8割型アルファの社員で構成されていて、ベータはほんの1割しかいない。いかに米原が優秀かがわかる。新人の頃も手のかからない頭のきれるやつで苦労しなかったことが印象的だった。だがしかし、変わり者には違いない。普段はぽけーっと上の空なくせに、会議が入るときびきびと発言し、曖昧で抽象的な事柄を言語化するのが得意だ。なんだかんだ米原には助けてもらっているのだ。だから今日の商談も、大丈夫だろうと小鳥遊は確信する。

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