第8話 名前を呼んで
障害者年金でまとまったお金が入った。
それで君が友人に借りていたお金を返し、滞納していた税金も返した。
壊れていたパソコンやモニターを買い替えて、君はVOCALOIDと昔やっていたというクラリネットを買った。クラリネットはお金がないときに売ってしまったため、買い戻しだった。
君のクラリネットは綺麗な音がした。試しに吹かせてもらったけれど音は出なくて、なかなか難しかった。
クラリネットで動画を撮ると言ってる君はとても嬉しそうだった。
でも、君は病気にじわじわと侵されていた。
「今までの無理がたたったのと、虐待の後遺症でしょう。ゆっくりさせてあげてください」
医者はそう言った。
今まではお金がなかったから体調が悪くても休むことが出来なかった。
でも、今は休むことができるようになった。
ずっと君が家にいるようになった。
それだけでは済まず、君は幼児返りを起こし、僕にべったり甘え、夜中に起きたら泣いて僕を起こした。
不謹慎だけれど、君は可愛かった。甘えてくれるのが嬉しかった。
家事ができなくなった君にご飯を買ってきたら、あーんと食べさせてとおねだりされて、嬉しかった。
病気だけど、幼児返りがかわいすぎて、このままでいいかもしれないと思ってしまった。
「また来週、様子を聞かせてくださいね」
君は調子が悪すぎて毎週精神科の通院になっていた。ひとりで病院に行けなくなって、僕が君に付き添っていた。全てが今までと逆だった。
君を甘やかすことが、すごく楽しかった。
「……あ……」
夜中、声がした。
また君が目覚めて、泣いて、僕を求めていた。
声?
今、喋った……?
「……あおあ……」
「……もんちゃん、声出るの……?」
「……あおあ……」
ぎゅっと君がしがみつく。
「……やっと、これが聞けたね。“あお”じゃないけど。“なお”だよ、もんちゃん」
「あお…」
「なぁに?」
ぐりぐりと頭をこすりつけられて、僕は笑った。
☆
「……少しだけですけど、妻の声が出たんです」
「奥さんは何て言ったんですか?」
「“あお”と。たぶん、僕を呼びたかったんだと思うんですが、“なお”が言えなかったみたいです」
「声が出たのはそれきりですか?」
「いえ。あー、とかうーは言えるみたいですけど」
「……しばらく喋っていなかったので、たぶん母音しか言えないのでしょう。でも、声が出て良かったですね。旦那さんが甘やかしたおかげですよ」
「……それならいいんですが。僕はずっと妻の負担でしたから。家事もしてもらって、働いてもらって、散在して、泣かせて、苦労をかけました」
「でも、今は奥さんのことを支えているでしょう?夫婦は支え合いです。素直に声が出たことを喜びましょう」
「……はい!」
涙で視界が滲んでいた。
君が喋れて良かった。
君の声が聞けて良かった。
「……あおあ」
伸ばされた君の手をとる。
「……これから、喋れるようになっていこうね、もんちゃん」
【完結】君の声が聞きたい、君の声を聞かせて 彩歌 @ayaka1016
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