飛竜の給餌係をクビなった少年――仕事が遅いのではなく丁寧なんです

FUKUSUKE

飛竜の給餌係をクビなった少年(一話完結)

 ポメール王国。その王都、アメールは海岸沿いの崖の上に作られた海運と陸運の双方により発達した城塞都市である。


「ダリル、すまんがお前はクビだ」


 竜舎で餌を与えていたダリルに向かい、空軍長官のホール・ケイクスが告げた。

 ダリルの手から力が抜け、餌のオーク肉が入った木桶が落ちた。


「え、ど、どうして?」

「お前は仕事が遅いからだ。お前より二歳年下の新人でも半分の時間で済ませるんだ。間違いなく、お前はこの仕事に向いていない」

「で、でも。餌やりをするのが仕事で、時間に制限は……」

「昼を過ぎても餌を与えられていない飛竜が半数以上。それでは何かあったときに戦力は半分しかないということだ。それに、食事が住んでいない飛竜の訓練はできない。お前に任せていれば竜たちが鈍って使えなくなってしまう」

「あ、あう、ボ、ボクは……」


 どこか具合が悪いところがないか、ストレスを溜めていないか――ダリルは一頭ずつ話しかけ、食べる様子を観察しながら餌を与えていた。ストレスを溜めている飛竜は給餌後にブラッシングやマッサージをしたり、体調を崩している飛竜には薬草を混ぜて与えていたりしていたのだ。

 だが、そのせいで給餌時間は朝から夕方まで掛かってしまっていた。


「ボクにはもう行き場所が無いんです。何でもしますから、どうか竜騎士団に置いてください! お願いしますっ!!」


 膝に額をつくほど頭を下げるダリルだが、ホールは申し訳なさそうに、でも毅然とした口調で告げる。


「ダメだ。他の仕事に空きはない。すまんな」

「そ、そんなあ……」


 ダリルは三か月前に海軍をクビになったばかりだった。海軍の軍船は帆走もできるが、基本は繋いだ海竜が船を牽いて進む。ダリルは海軍でも海流への給餌係として働いていたが、同じような理由でクビになったのだ。

 更に半年前、ダリルは陸軍で地竜の給仕係をしていたのだが、同じ理由でクビになった。


「次の仕事を探すのも大変だろう。この先、二週間分の給料をやる。今日の餌やりを終えたら兵舎を出て行け。いいな?」

「……は、はい」


 ホールが差し出した革袋に入った貨幣を受け取り、涙の一滴さえ出てこない自分にダリルは驚いた。

 これまでに二度も追放されているのだ。二度あることは三度ある。どこか、そんなことを意識していたのだろう。


「本当にどうしよう……」


 竜舎を去るホールの背を見つめ、ダリルは小さく呟いた。


    *


 日が沈む頃、街の商業区域にある居酒屋にホールがやってきた。

 カウンター席へと移動したホールは、店主らしき男に声を掛ける。


「おう、店主。今日もエールとアレ頼むわ」

「はいよ」


 ボーイのデヴィッドが素早く動き、ジョッキに注いだエールを差しだす。


「おう、ありがとよ」


 ジョッキを受け取ってすぐに中身を煽るホールの前に、店主が料理を盛り付けて差し出した。


「ほれ、空軍バーガーだ」

「おおっ! これこれ、やっぱこれだよな!!」


 この国の古い言葉で、城のことをバーグと呼ぶ。古来、その城を守る者たちのことをバーガーと呼んだのだが、今では城を守る者たちが好んで食べる、パンに具材を挟んだ料理のこともバーガーと呼ぶようになっていた。

 忙しい中、片手で気軽に食べられるという実用性が特に軍人に好まれた理由である。


 ホールの前に差し出されたバーガーは、鶏肉に衣をつけて揚げたものと葉野菜レタス晩茄トマト、スライスした玉葱などに挟まれ、香草のソースが塗られてた。隣には芋をカットして油で揚げたものが添えられている。


 ホールは大きな手で空軍バーガーを掴み、豪快にかぶりついた。


「うまいっ!」


 店内に響くほど大きな声をあげると、ホールはすぐにエールを喉に流し込む。


「おう、空軍長官殿のホールじゃねえか。相変わらず貧相なもの食ってんなあ」

「ジョンか、陸軍長官殿が何の用だ?」

「いや、この街で一番うまいバーガーを教えてやろうと思ってな」


 陸軍長官であるジョン・ジョンボビーがニヤリと口角を上げた。


「ふざけるなよ、この街で一番うまいバーガーは空軍バーガーだ。それ以外は認めん」

「そんな考え方だから、お前はいつまで経っても貧相な体してんだよ。親父、陸軍バーガーをひとつだ」


 店主はホールとジョンの話を聞いて呆れ顔をすると、「あいよ」と言って調理にとりかかった。


「飛竜に騎乗する以上、必要以上に重い筋肉は不要なんだ。お前こそ、脳みそまで筋肉になってるんじゃないのか?」

「いやいや、筋肉はいいぞ? 筋肉は嘘をつかねえからな」

「飛竜も嘘はつかん」

「見ろよ、この無駄なぜい肉を削ぎ取った筋肉の美しさ」


 ジョンはいきなり上半身に着ていたものを脱ぎ去り、自慢の筋肉を見せびらかそうと流れるようにポーズをとってみせる。

 ホールは汚物を見るかのような目で見ると、空軍バーガーに噛り付いた。


「あいよ、陸軍バーガーね」

「おおっ、来た来たっ!」


 親父が差し出した皿には、空軍バーガーと同じパンに、叩いた牛肉を固めて焼いたもの、焼いた燻製の豚肉、葉野菜にチーズ、晩茄トマトが挟まっている。芋を揚げたものが添えられているのは同じだ。


「これをガブリと齧り付くのが……」


 と言って、大きな口を開いてジョンが齧り付き、二回、三回と咀嚼を繰り返す。


「まあ、いろどりは……」

「うめえぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ゴクリと口の中のものを飲み込んだ音を立て、ジョンが叫んだ。


「……いいが」


 ジョンの大きな声で思わず耳を塞ぎつつ、ホールは最後まで言い切った。流石に空軍長官という仕事をしているだけに、胆力は陸軍長官であるホールに負けていない。


「おまえら、もう少し静かにでけへんのか?」


 ホールとジョンの間、丁度肩口あたりで声がした。二人はすぐに声の方向へと顔を剥ける。


「ほんま、空軍と陸軍の長官さんが二人揃ってまたアホなこと話してるんか?」

「む、お前は」

「チッ、オーツじゃねえか。海軍長官殿が何の用だ」

「いや、あんたらがうるさいから静かにしてもらおとおもて来たんやがな」

「相変わらず余計な脂肪をつけてやがんな」

「ああ、そこは同意するよ」


 体型のことを悪く言われて不愉快な気にならない者はいない。

 海軍長官、オーツ・ウィートンの表情は、一気に不機嫌な顔へと変わった。


「そこの筋肉ダルマとちごて、わいらは水の中に沈むわけにいかんからな。浮かべるだけの脂肪はついてなあかんのや。あんたら、泳げるんか?」

「泳げるが、オーツのように浮かんでいるのは苦手だ」

「おう、当然泳げるぜ。というか、泳がないと沈む」

「せやろ? ある程度脂肪ってのは必要なもんや。あ、親父さん、海軍バーガー頼むわ」

「ああ、言うと思って用意しといた」


 店主が差し出したのは、空軍バーガー、陸軍バーガーと同じパンに揚げた白身魚の身と、薄切りにしたチーズ、刻んだ野菜の酢漬けを挟んだバーガーだった。


「見てみ? 白身魚のシンプルな旨さ、加わる油のコクを堪能できるこの海軍バーガーこそが至高っちゅうもんや」

「いやいや、陸軍バーガーが一番に決まってるじゃねえか。見ろよ、この彩りの良さを」

「確かに彩りは良いな。だが、一番うまいものとなると空軍バーガー。これだけは譲らん」

「なんやて!?」

「なんだと?」

「なんだって?」


 陸軍、海軍、空軍……それぞれの長が本気で議論を始めた。

 互いに手に持つバーガーに唾液を飛ばしながら喧々諤々、今にも殴り掛かりそうな勢いで互いに自分の主張ばかりしていた。


    *


 最後の餌やりを終え、ダリルは兵舎の自室を引き払った。

 元々、貧乏暮らしをしてきたせいもあって、荷物が背嚢一つで済む程度に少ないのは幸いだった。


「今晩はどこに泊まれば……」


 ダリルが呟くと同時、彼の腹の虫が鳴いた。朝食後は飛竜に餌を与えるのに忙しく、いつのまにか食事は朝夕の二回という習慣になってしまっていた。


「腹、減ったなあ」


 辺りを見回すと、既に日が沈みかけていた。夜に街を出るのは得策ではない。

 街の外には凶暴な夜行性の獣もいれば、盗賊なんかも現れる。


 ダリルは、バーガーがうまいと評判の居酒屋が近いことを思い出し、すぐにその居酒屋に入った。

 店の中では先ほどまで自分の上司だったホール・ケイクス空軍長官がいて、その周囲には元上司であるジョン・ジョンボビー陸軍長官、オーツ・ウィートン海軍長官を見つけた。


(……もう関係ないし)


 ダリルは黙ってカウンターの端へ移動し、荷物を足下に置いた。

 同い年くらいのデヴィッドが直ぐに注文を取りにやってきた。


「いらっしゃい。こんな荷物持ってどうしたんだい?」

「なんでもない。いや、たぶんボク……この街を出て行くことになるかな」

「え、どうして?」

「空軍の飼育係もクビになってしまって」

「そうなんだ……それは、ざ、残念だったね」


 他に言葉が思い浮かばず、デヴィッドはバツが悪そうにダリルの顔を見た。

 ダリルはニコリと笑い、「うん」と言った。その目は全然笑ってなんかなくて、深い深い海の底のような、悲しみを湛えていたるようにデヴィッドには見えた。

 デヴィッドはその重たい空気に我慢ができず、その場を離れて店主の元に逃れた。

 店主はデヴィッドの話を聞いて、ダリルの元へとやってくる。


「ダリル、空軍もクビになったんだって? あいつら、どうしようもないな」

「いえ、俺が悪いんです」

「俺たち料理人も調理器具はとても大切にする。地竜を使う陸軍、飛竜を使う空軍、海竜を使う海軍――奴らにとっては道具かも知れんが、例え道具であってもそれを大切にしないやつは駄目だ。竜たちを生き物として大切に扱うダリルの価値がわからん奴らには、死ぬまで大事なことがわからんだろう」

「…………」

「すまんな、俺はただの居酒屋の主人だから奴らに説教垂れることもできん」

「いえ、あ、いつものやつ、いいですか?」


 ダリルは何かのソースが入った容器を店主に手渡した。

 店主はそれを受け取ると中身を確認する。


「あと二個ってところか」

「おやじさんと、デヴィッドで分けてよ」

「……悪いな」


 店主はそう言って、調理に掛かった。

 入れ替わるようにやってきたデヴィッドがたずねる。


「ごめん、それで……泊まるところだけど、おいらの部屋はどう、かな?」

「いいの?」

「うん。最後になるなら、いっぱいお話しようよ」

「あ、ありがとう。お言葉に甘えることにするよ」

「やった! じゃあ、とりあえず荷物を俺の部屋に持っておいでよ。いいよね、おやじさん?」

「手短にな」


 店主の言葉を聞いて、デヴィッドはダリルの荷物を持って店の奥へと入っていった。


    *


 齧り付いた陸軍バーガーを何度か咀嚼して飲み込んだジョンが大声で主張する。


「この叩いた牛肉が口の中でホロリと崩れていくところがうまいんじゃねえか!」

「何を言う、歯応えある鶏肉をギュッと噛みしめたとき、肉汁が溢れだしてパンに染み込むから、旨味を余すことなく味わえるんだ」

「やっぱ二人とも何もわかってへんわ。魚の白身がホロリと崩れ、衣の中から魚の旨味が詰まった汁が飛び出してくんねん。それの汁を吸うたパンを噛むとまた口の中で汁が出てくるんや。これが一番うまいんや」


 既に議論というよりも、自分の好きなバーガーへの愛を叫ぶ場と化していて、ただただやかましいだけ――という状況だが、誰も間に入ろうとしない。ここに割って入れるのは王族か、宰相くらいのものだろう。


「この燻製にした豚肉を挟んでいるのもいいんだよ。噛み締めると脂が飛び出してきて、燻製の良い香りがするんだ」

「鶏肉の衣がパリっとしていて、衣と肉の間に溜まった汁が溢れだしてくる。最高って……店主、それは何?」

「ん、どないしたん? それは何なん?」

「あ? なんだそれは?」


 三人の視線が、店主の手元にある皿の上に集中した。

 そこにあるのは、普通のバーガーと同じパン。

 但し、そこには葉野菜レタスの上に焼いた豚肉の燻製、チーズ、叩いた牛肉を捏ねて平たく焼いたもの、刻んだ玉菜キャベツ、表面をカラリと揚げた鶏肉と、衣をつけて揚げた白身魚が挟まっていた。


「あ? これか?」


 店主がたずねると、三軍の長官たちが無言で首を縦に振った。


「陸海空バーガー・ダリルスペシャルだ」


 ジョン、ホール、オーツの三人は目を合わせて言った。


「「「俺もそれ!」」」


 三人とも、自軍の名がついたバーガー以外のものを食べるのは対外的に都合が悪かった。だが、自軍のバーガーに入っている具材も入った「陸海空バーガー」というのは遠慮する必要がない。


「ダメだ」


 店主は即答し、バツ悪そうに続ける。


「これはダリル特製のソースがないと駄目なんだ。そのソースがこれで最後なんだ」


 静寂が店内を支配した。

 三軍の長官たちはどこかで聞いたダリルという名前を思いだそうと宙を眺めている。


「ダ、ダリルっていっぱいおるやろ。どこのダリルや?」

「誰だそのダリルってのは?」

「まさか、竜の世話係をしていたダリルか?」


 三者三様の反応だった。オーツは三か月前に解雇した水竜の世話係の名前を、ジョンは半年前に解雇した地竜の世話係の名前を忘れていた。唯一覚えていたのは先ほど解雇通告したばかりのジョンである。


「あの餌やりが遅いダリルか?」

「あの愚図ダリル!?」

「ああ、そのダリルだ」


 二つできた陸海空バーガーの一つを半分に切り、店主はその断面を三人に見せる。

 そのカラフルな断面を見て、三人は口の中に溜まった涎を音を立てて飲み込んだ。

 既に二個ずつバーガーを食べているという三人だが、陸海空バーガーから漂う香りと、その彩りに魅了されていた。


「この半分は俺の分、残りはデヴィッドの分。こっちの一個はダリルが食う分だ。お前らに食わせる陸海空バーガーはない」


「ええっ、そんな……」

「そんな殺生なあ……」

「どうして……」


 三軍の長官たちはそれぞれに悲嘆し、頭を抱えた。

 そこに血相を変えた伝令が飛び込んできた。


「ジョンボビー陸軍長官! ようやく見つけました。大変ですっ!!」

「ど、どうした。何があった?」

「陸竜たちの間の伝染病が七割に達し、二十頭が死亡しました。このままでは更に動けなくなる陸竜が増えていくものと思われます」

「原因は、原因はなんだ?」

「どうやら病気になった地竜の餌には、病気になった地竜の糞尿が混ざっていたそうです。餌やりする際、糞尿が混ざった地面の上に投げ捨てていたそうです」

「なんだとっ! 今すぐ戻る。おやじ、金はつけといてくれ」


 陸軍長官のジョンは慌てて店を出て行った。

 入れ違うように入ってきたのは海軍の伝令だ。


「ウィートン海軍長官、海竜が仲間割れを起こして竜舎で大規模な喧嘩をしているようです。竜同士の喧嘩ですので、どんどん竜舎以外に被害が広がっている状況です」

「雌の取り合いとかとちゃうん?」

「原因は不明ですが、繁殖期ではないので雌かどうかは関係しないだろうという話です。ただ、ここしばらくの間は海竜同士でのいざこざが多発していたそうです」

「んああ、とにかく現場へ急ごか。店主、悪いけど……」

「ツケだな。わかったよ」


 店主が返事をすると、オーツは伝令と共に走って去った。

 独り残された空軍長官、ホールは自軍の伝令が来ていないことに胸を撫で下ろした。


「あんたのとこは大丈夫だろう。今日までダリルが面倒みてきたんだからな」

「それはどういう?」

「あんたらは、戦争道具の剣や鉄砲は手入れするくせに、竜は他人任せにしてるからこんなことになるんだ。あんたの軍だけ竜に問題がないのはさっきまでダリルが丁寧に面倒見てたからだ。そんなことも気づかないのか?」

「わ、私は……」

「ダリルは仕事も、住むところも失ったからな。明日、この街を出て行くそうだ」


 店主に言われ、ホールは少し俯いてどうすべきか考えた。

 一分ほどして、ホールは顔を上げて店主にたずねる。


「今からダリルに謝罪して間に合うだろうか?」

「何をですか?」


 店主の横に立っていたのはダリルだった。


「私は見るべきところを間違っていたようだ。ダリル、手のひらを反すようで悪いが、空軍に戻ってくれないか?」

「お断りします」

「そうか、戻ってって……ええっ!? どうしてだ?」

「仕事が遅い奴は空軍に要らないと言われましたし、ボクにはバーガーを作っている方が性に合うことがよくわかりましたから」

「いや、そうだ。ダリルを竜舎長に任命しよう。給料も今までの三倍払う。あと、部下をつけるので、ダリルの仕事を叩き込んでくれ。そうすれば、ダリルが四人いるのと同じになる。だから、頼むっ、帰ってきてくれ」


 ホールが必死に食い下がる。だが、ダリルは動じなかった。


「もう兵舎も引き払いましたし、帰りたくないですね。出て行くとき、悲しいし、恥ずかしかったですし。今更、戻れなんて言われても他の人たちにどんな顔をすればいいかわかりませんからね」


 と言って、ダリルは陸海空バーガー・ダリルスペシャルに齧り付いた。パリパリという葉野菜レタスを噛む音がして、遅れて鶏肉や白身魚の衣がサクリという音をたてる。

 その音がなんとも美味しそうで、ホールの口の中にまた涎が溜まる。


 横では店主が同じように陸海空バーガーに齧りついている。


「このソースが本当に美味い」

「ほんと、美味しいです。それに、この順番で挟むことも大事なんですねえ」


 デヴィッドが感心して言葉を漏らした。


 燻製肉の旨味に、牛肉の旨味、鶏肉の旨味、魚の旨味……個性豊かな組み合わせだが、葉野菜レタスと玉葱、晩茄トマトなどがそれぞれの旨味を引き立てつつ、互いの味わいの邪魔をしないように並んでいる。

 更に混ざり合ってもおいしくたべられるのは、デヴィッド特製ソースのおかげだ。


「挟む順番を考えたのは俺だぞ」と、少し胸を張って店主が言った。


 口の端から涎を垂らしそうになったことに気付き、ホールは慌てて袖で口もとを拭った。そして、我に返ったようにダリルへとたずねる。


「で、ではダリルはこれからどうするんだ?」


 再びたずねられ、ダリルは陸海空バーガーを咀嚼しながら考えた。


(竜たちの給餌係をやっていたのも、美味しそうに食べる竜の姿を見るのが好きだったからなんだ。人も料理を美味しそうに食べてくれるなら、そっちの道に行くことにしよう)


 ダリルは、ホールの方へと向き直って言った。


「この国を出て、どこかでバーガー屋をやりたいです」

「俺の軍に戻れば、役職待遇が待っているというのにか?」

「ええ、こうして美味しいと言ってくれる人のために働く方が楽しいですから!」

「ダリルが出て行ってしまうと、このソースがもう食えなくなるのが残念だよ」


 そこに割り込むように店主が入り、ダリルの背中をバシバシと叩いた。


    *


 会計を済ませたホールは、独りで夜の街を歩いていた。


「くそう、ダリルがそんなにも優秀だったなんて……食いたかったな、陸海空バーガー……」


 そんな呟きだけが、路地に小さくこだました。




             <完>

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飛竜の給餌係をクビなった少年――仕事が遅いのではなく丁寧なんです FUKUSUKE @Kazuna_Novelist

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