二章-都市-
2-1
「チョコレートのフレーバーってせいぜい五種類が限界じゃない?」
マスタードはお菓子の棚を眺めながらそうつぶやいた。棚には二列にわたって、上から下までさまざまなチョコレートが並べられていた。とても五種類に分類しきれないくらい多様な種類があるような気がして、彼女の言っていることには賛同しかねた。
「でも、マス。これなんてほら、」
そう言って私は一つの箱を指さした。
「フルーツフレーバーだけで四種類入っているよ」
「微妙に違う四種の味は入っているよ。でも大体の味の傾向がバラバラなわけではないじゃない」
そう言うと、彼女は人差し指をあげた右手を掲げた。
「まず、そのままの味で一つでしょ。ホワイトで一つ、抹茶で一つ」
そこまで言うと、彼女の右手はさらに中指と薬指を伸ばしていた。
「で、問題のフルーツ味だけど、酸っぱいので一つ、甘いので一つ。でも甘い果物味のチョコレートはホワイトチョコレートと同じ分類にしてもよさげじゃないかな」
彼女の右手は、親指以外の指が全部伸びていた。それでも私は少ないように思えた。両手があっても足りないと思った。
「そんなことないよ。ビターとミルクでだいぶ違うじゃない」
私はそう言った。だが、彼女の鉄壁のような意思は崩せず、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「そんなのちょっと甘さが違うだけでしょう。劇的に味が違うわけじゃないじゃない」
彼女はそういうと、人差し指と親指とをぎりぎりまで近づけて見せた。
「なら、ガムはどう?結構バラバラな味だから倦まないんじゃない」
「ガムはゴミが増えるじゃない」
そう言うと、マスタードはまた別の棚、スナック菓子が並ぶ方へ移動して、お眼鏡にかなうお菓子を探し出した。
七種類はさすがに多い気がした。味が同じでよければ、クマのグミなり、ボタン大の丸チョコなりを一袋買えば事足りる。七種類の色違いが一袋に入っているからだ。でも、一晩過ごすのだから、同じ味は避けたかった。十二時を回るころには絶対に食傷気味になってくるからだ。かといって、彼女の言うようにはっきりと味が違うお菓子の七種類の詰め合わせは見当たらなかった。
彼女のチョコレートの味の分類は大雑把すぎて賛同できない。しかし考えてみれば、チョコレートのアソートは、一箱に入っていて四種類である。微妙な味の差異を別な種類と計上しても、二箱以上買わないといけなくなる。それも面倒だと気づいた。
ふと、私は自身に勝手にはめていた足かせの存在に気づいた。私はかがんで棚のお菓子を手に取ると、マスタードの方へ向かった。
「ねえ、別にチョコレートとかで縛らなくてもいいんじゃない。ほら、これなら足して七種類だし、味も別々だよ」
そう言って、私は持ってきたチョコレートアソートとガムアソートを自慢げに見せた。チョコレートの方はミルクと抹茶とホワイトの三種類が入っていて、彼女の分類でも三種類に計上されるはずだ。ガムもミント、グレープ、レモン、ライチの四種類、それぞれ味の系統の違うものが入っていた。ガムはゴミが出るからいやだと言ったが、これならばガムのゴミを単純計算で七分の四に減らせる。世紀の名案だと私は確信していた。
「きいちゃん、それ食べ合わせ最悪だよ」
彼女の言葉は、私にとって予想外のものだった。褒めてもらえると思って浮足立っていた分、「最悪」の単語は私の心に深く突き刺さった。
「ガムとチョコを一緒に食べたことない?あれウメとウナギを食べた時よりも口の中が気持ち悪くなるんだよ」
彼女は、贈答用と思わしき大きな箱を棚から取った。
「教えてくれてありがとう。でも私はこれに決めたから」
彼女は、箱の表面を私の方に向けた。それはやはり贈答用で、果物ゼリーの詰め合わせだった。数えてみればちょうど七種類入っていた。
「果物は酸っぱいと甘いで二種類なんじゃなかったの」
私がそう聞くと、彼女はまたゆっくりと首を横に振った。
「それは果物風味のお菓子の話。こういう果物果物しているのは、果物の種類ごとに味も違うから」
私が迷っていたら、もうゼリーを買うことに決めた彼女を待たせることになってしまう。さらなる反論を思い付いたが、私は急いでさっきの棚へ戻ってチョコとガムを戻した。そのうえで私は違う会社の七種のガムアソートを手に取った。
思った以上に七種類の味が入ったお菓子は少なく、スーパーで予想外の時間を掛けてしまった。西側の空を見ると、傾いた日が真っ赤に染めていた。東側の空を見て私はゾッとした。もう月も見えていたのだ。
「やばいよ、マス。もう月が出てるよ」
私は月を指さして言った。
「月は問題ないよ」
焦る私とは対照的に、マスタードはとても落ち着いた様子だった。私の方が選ぶのが遅かったことは確かだが、彼女にもせめてもう少し焦ってほしかった。だが、マスタードは月に無関心で、なぜか西側の空に向かって拳を伸ばしていた。
「ここの講は日待ちでしょ。公民館までこっから何分くらいかかるっけ」
そう言った彼女は目をすぼめながら、沈む夕日を見ていた。景色を眺めているというよりは、観察しているような鋭い目つきが、薄く開かれた瞼の奥にあった。
「四、五分くらいで着くと思うよ」
「グー二個分だから急ぐ必要ないよ」
そう言って、彼女はいつもの歩調で公民館へ向かった。私もそれについて行った。今日は私から誘ったのに、今日の講が月待ちか日待ちが把握していなかったのは、少し恥ずかしかった。いつの間にかマスタードに頼る形になってしまい、いつものことながら情けなかった。
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