孤独な蝶は、過去を知る。

 一週間の休みをもらった私は二日目にして暇を持て余していた。


 隠し部屋は簡素な机と椅子がある、約六畳くらいの部屋だ。

 月の間には三つの隠し部屋があった。自分が一人になりたい時。兄が一人になりたい時。また、命を守るために。月夜様は隠し部屋を作ったのだという。


 それにしても月の間はただの部屋というには大きすぎる。

 大きな王宮の最上階から一つ下の一階全てが月夜様のものなのだ。露天風呂やら調理場まで揃っている。もはや家と言っても過言ではない。

 調理場まであるのには理由があって、王女という立場上、当然色々な人から命を狙われ、毒入りの料理を何度も出されたという。その対策として月夜様の口に入れる物全てを琴さんが作っており、月夜様専用の食事のため、月の間に調理場があるのだという。


 私はそんな隠し部屋で、何もしてはいけないという燈火さんの脅しのような頼みにより、ごろごろすること以外何もできなかった。


 本当に、何をしよう。


「あの日記くらい、読んでもいいよね」


 私は部屋の襖を開けて、月夜様にあの日記を借りようとした。


「おはよう、星蘭。よく眠れたか?」


 月夜様はまだ朝だというのに、髪や服装は完璧に整えられていた。王女様の朝は早そうだ。


「はい。布団も貸してくださってありがとうございます」

「気にすることはない。休暇も大事だからな。して、何か用でもあったか?」


 月夜様は微笑みながら首を傾げた。


「本を借りたくて。本といっても、例の日記なんですけど」

「あれか! いいぞ、読むといい。しかし汚してはならぬぞ。何かあったら我は父上に半殺しにされてしまうだろうからよ」


 月夜様は身震いすると、そそくさと引き出しから日記を取り出した。

 そうして月夜様から日記を受け取った私は部屋に戻った。椅子に座り、月夜様に貸してもらった日記を開く。


 この日記の主は二十八歳の頃にこの世界にやって来たのだそうだ。身分の高い家に生まれたにも関わらず、七人兄弟の末っ子であったため、両親が構ってくれた覚えはないという。家の物置でずっと一人。政略結婚をしたそうなのだが、妻には愛人がいた。そのため妻にも愛されることはなかった。生きる意味を見失った時、気づいたらこの世界に来ていた。


 そうして彼がどんな人と出会い、どんなことをしたのかがそれには事細かに書かれていた。


 生きた時代も性別も違うのに、自分と共通点を感じてその日記を読み進めることにした。


 彼の名前をいさむといった。


 彼はこの世界に来た時、月の浮かぶ夜空のような見た目をした少女と出会ったのだという。紺色の髪に黄色の瞳。自分より十も離れた少女に助けられた。


 彼が目を覚ました場所は荒れ果てた廃村に等しい村だった。貧しい人々がまともにご飯も食べられず、必ずどこかで犯罪が起きていることが日常茶飯事の場所。


 そんな村で突如として現れたというこの少女は、この村の開発を志していたのだという。彼女は皆の知らないことをたくさん知っていた。食べ物。雑貨。その他にもこの土地の利用価値。建築技術なんてものも。

 村人は少女を女神と崇めた。この少女の言う通りにしていればこの村はいつか大きくなると。村人は少女を信じ、荒れ果てた村を立て直していった。もちろん、勇さんも手伝ったのだという。


 そんなある日、村人の考えは的中した。


 瞬く間に村は栄え、荒れ果てていたのが嘘のように活気づいた。そして古くから村にあった大樹にたくさんの桜の花が咲いたのだ。

 それからその村を桜華村と呼んだ。


「もしかして、これって桜華国の過去のことなんじゃ」


 私は時が過ぎているのを忘れ、どんどんページをめくった。


 勇さんがこの世界に来てから二年経ったある日。勇さんは突如少女から帰る方法を教えてもらった。

 なぜ彼女が自分が異世界から来た身だと知ったのかは疑問だったが、彼が少女の言葉に首を縦に振ることはなかった。


 これは私が昔、この桜華国に来た日に見た日記だった。

 今なら彼の気持ちが分かる。私だって、例え元の世界に今すぐ戻れるのだとしても決して戻らないだろう。あの世界にはなかった、自分の居場所を見つけられたのだから。


 それから時は流れ、桜華村の発展に貢献した少女は大人になった。少女と勇さんはいつの日か恋に落ち、結婚することとなった。それを村人は大いに喜んでくれたそうだ。勇さんは一生忘れやしないと書き留めている。


 少女の名を夜胡やこといった。夜胡さんは突然、自分は月から来た姫だと告白した。勇さんは信じられなかったそうだが、真剣な彼女を見て信じざるを得なかったという。おとぎ話のように彼女も月に帰ってしまうことを覚悟していたのだが、夜胡さんは月に帰ることをやめここに留まることを決めた。勇さんと、お腹の子と共にいきていくために。


 それから二人の間には男女の子供が二人産まれ、幸せな日々を過ごしていた。村人が夜胡さんを女神と崇めたように、勇さんを救世主と呼んだ。子供は村人全員に愛され、二人は幸せの絶頂を迎えた。


 だが、そんな幸せは長く続かなかった。いくら発展しようとも、小さな桜華村は常に隣の村々から睨まれていた。いつの日かこの村はどこかの配下になる。村人はそんな気がしていたそうだ。

 そんな村の様子を見て、夜胡さんは桜華村が全ての村を支配下に置くための戦争を起こすことを決めた。勇さんは頑なに反対したそうだが、結局彼女を止めることはできなかった。


 結果として、桜華村は勝利を収めた。小さな領土ではあるが、桜華村は海に囲まれた小さな島を占領することに成功した。

 桜華村は名を改め桜華国と称し、国民はそれぞれの村が取り囲む形なるように王宮を建てた。そこには勇さんと夜胡さんとその子供たちが住むこととなった。彼らは桜華国の王族となったのだ。


 これからはあの一家が国を治める。国家も安泰だと誰しもが思った。


 だが、桜華村が全ての村を支配下に置けたのは夜胡さんの命と引き換えによるものだった。

 夜胡さんは月の姫。一つの島を力で支配するのは簡単だ。しかしそんな圧倒的な力で支配するのには当然、代価が必要だった。それでも、彼女はそれを誰にも言うことなく事を終えた。


 遺書と共に息を引き取ってしまった夜胡さんを見つけた勇さんは、何があっても子供とこの国を守ることを決意したのだという。

 彼女が遺した財産を守ることこそ、自分の存在意義と。


 それからのことはどんな風に村を発展させたかとか、国でどんな問題があったとか、打って変わって育児日記とか勇さんが亡くなるまでのことがたくさん書かれていた。


 桜華国の成り立ちの他にも興味を引く内容がたくさんあって、内容を少し変えれば元の世界で小説として売れる気がした。

 そのくらい、この日記は面白い。共感できるところもあったりとページをめくる手が止まらないのだ。

 私はすっかり空が暗くなっているのに全く気づかなかった。

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