孤独な蝶は、王宮で休暇を。
夜より騒がしさのない屋台街。その奥にあるおにぎり屋に着くと、ちょうど外に出ていた梨伊さんと会った。
そこで私と梨伊さんで他愛のない話をしている間、旦那様の獅月さんが私たちのためにおにぎりを握ってくれていた。燈火さんには鮭おにぎり。私には梅おにぎり。私たちは二人にお礼を言って、王宮へと向かった。
おにぎりを頬張りながら燈火さんと話をして王宮へ足を進めていると、いつの間にかおにぎりはなくなり、王宮のすぐ近くまでやって来ていた。
「今日も裏口から入ります。表から入ったら絶対に追い返されますし、何より侮辱しますからね。一度地獄へ行きやがれ」
燈火さんは睨むように門番を見ると、門番の目を盗んで裏にある狭い入口からそっと入った。相変わらず紫色の花が綺麗に咲いている。
私は何かの違和感を感じたのだが、気にせず燈火さんについて行った。
月の間の前へ着いた。いつもは連絡があって来ているから挨拶をしていなかったけれど、何の連絡も入れてない今日は挨拶が必要だろうと私は正座をした。
しかし隣の燈火さんは座る気配もなく、なんなら勢いよくその襖を開けた。
ごめんなさい、月夜様。
「月夜、その部屋を一週間程貸せ」
月夜様は驚いたように何度も瞬きしたが、すぐに大きなため息をついて呆れたように首を振った。
「いきなり誰かと思えば兄上か。星蘭もよく来たな。兄上、いいか、女性の部屋に入る時は必ず声をかけてなくてはいけなくてな……」
「二部屋くらい開いてるだろう。貸せ」
「おい、話を聞けこの阿呆! 部屋を貸せとは、一体何を企んでおるのだ」
「月夜様、何事ですか!」
月夜様の話を聞かずに自分のことをやる燈火さん対して月夜様が怒ると、それに釣られてあの三人が部屋に入ってきた。
しかし、三人は私と燈火さんを見るなり安心したのか、すぐに笑顔になって三人は私の方へと向かってきた。
「おや、星蘭じゃないか。元気してたかい?」
「私も買ったよ、あのリップクリーム。とても良い品だった!」
「表情も良くなったし、安心したわ」
私は久しぶりに三人を見て、何だか親戚の元に帰ってきた心地になった。
燈火さん曰く、この三人は親に捨てられてしまったのだという。
三人の母は共に王宮仕えだったものの、夫ではない男の子供を孕んでしまったそうなのだ。このままでは王宮仕えができなくなると思った彼女たちは、子供を王宮から離れた場所に捨てたという。
しかし、それが明るみに出ると三人は牢屋行きに、国王によって十歳間近の三人の子はちょうど産まれたばかりの王女の側近として雇われたという。
私より何倍も明るい彼女たちにもそんな過去があったのだと思うと、私一人がこの世に対して諦めを感じていたのが、何だか馬鹿馬鹿しく思えた。
「その顔、燈火様から何か聞いたね?」
「でも、顔だけで何を考えているのか分かるようになったのは、私たちとしては嬉しいよ。よく頑張ったね」
「燈火様のおかげでもあるけど、あなた自身の力でもあるのよ。誇りなさいね」
三人の慰めの言葉に私は胸が温かくなった。母親というには若すぎるけど、こうして見守ってくれるこの三人は母親のように感じた。
「ありがとう。次は化粧水という物を作ろうと思ってるんです。完成したら三人にもあげますね」
「化粧水? 異世界にはきっと私たちの知らないものがたくさんあるんでしょうね。早く作って。楽しみにしてるわ」
鈴さんはそう微笑んだ。そんな鈴そんを他所に菊さんが私に手招きをして、さっきから言い合いを続けている兄妹に聞こえないように耳打ちをした。
「そういえば燈火様の機嫌が悪いようだけど、何かあったのかい?」
「いえ、ただ早く休みたいだけだと」
「あっはは! そうだったんだね。まあ、月夜様は無駄に隠し部屋を持ってるし、貸してくれるだろう。あんたもここに泊まってくんだね?」
菊さんは私の答えに豪快に笑って、小さな声にはせず、そう言った。
「少しは仕事のことを忘れて休みなよ」
「ええ。お世話なら私たちに任せなさいね」
三人は楽しそうに笑った。私も三人に釣られて笑っていた。
月夜様はそんな私たちが気になったのか、小走りで近くにやってきた。
「星蘭、本当に変わったな。ああ、いい意味でだぞ。……仕方ないが二部屋貸してやる。物を壊したら許さぬからな」
月夜様は無邪気に微笑むと、私に様々な説明をしてくれた。ご飯は何時頃に食べるとか、風呂などはどうすればいいかなど。
特別に月夜様の使うものを使わせてくれることとなったので、王宮に燈火さんと私がいることはバレないだろうとのことだ。
すると、睨むようにこちらを見る燈火さんが近づいてきて、私の肩に手を置いた。
「いいか、星蘭。何もするな。そして絶対に無理はするな。お前のすることはただ一つ。休め」
燈火さんはさっきよりなぜか不機嫌になっていたが、一週間たっぷり休めば機嫌も良くなってくれるだろう。
そうして、私たちの一週間のバカンスが始まった。
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