孤独な蝶は、精霊と出会う。
家の玄関の戸締りをした私たちは、もう一つの場所の戸締りを行うために研究所から少し離れた楼閣にやってきた。
この楼閣には貴重な薬草、毒草が詰まっている。要はこの楼閣がこの国の最強の武器庫なのだ。いない間に誰かに侵入でもされたら大変だ。だが、いくら入口を塞いでも梯子を登り、窓を割れば侵入できてしまうのではないのだろうか。
だが、燈火さんは私の眉間をぐりぐりして微笑んだ。
「なんて顔してるんですか。……セキュリティに関しては心配いりませんよ。この楼閣は絶対に侵入できません。何があっても」
そう、燈火さんは睨むように楼閣を見た。
しかし、どう見たって入口に南京錠を三個つけただけだ。上ががら空きの状態で、どこからそんな自信が出てくるのだろうか。
「この楼閣には入口のみに南京錠が三つ。だったら梯子やら何やらで上まで登り、窓でも何でも割って入る。それが頭の固い輩が考えることです」
私はその燈火さんの言葉に少し胸をえぐられた気がした。
「しかし、この楼閣は窓から入るどころか近づくことさえできない。……そういえば星蘭は楼閣内に入ったことがありませんでしたね。この機会に一度入ってみますか。きっと、入れば私がこんなに豪語する理由が分かるはずですよ」
私はとても驚いてしまった。
いつの日か、燈火さんは言っていた。この楼閣は月夜様のような王族でさえ入らせたこともない、燈火さんだけが入ることを許された聖域のような場所だ、と。
そんな場所に頭の固い異世界人が入っていいのだろうか。
「あなたは私の弟子です。何も入って殺されるわけではありませんから。私といれば、ですけど」
燈火さんは優しく微笑んだが、私は冷や汗が止まらない。
私といれば、ということは燈火さんと出なければ殺されるのか。一体この楼閣は何なんだ。
燈火さんは重く、ただでさえ高い燈火さんの身長の二倍以上はありそうな扉をゆっくり開けた。なぜか扉の向こうが眩しくて私は目を閉じた。
私が眩しさに慣れて目を開ける前に、あの重そうな扉が勢いよく閉まった。あの扉が勢いよく閉まったのだ。それにより発生した風に私は自分の体を支えきれず、吹き飛ばされた。
眩しさにも慣れ、恐る恐る目を開けると私は誰かに抱えられていた。
上を見上げると、涼しい顔をした燈火さんがそこにいた。燈火さんが私が見ていることに気づくと、私の方を見て優しく微笑んだ。
そしてゆっくりとその風が止むと、私たちは楼閣の中心に着地した。
何が起こったのか私は急に足の力が抜け、その場に座り込むと、燈火さんは私の背中をさすってくれた。しばらくして、燈火さんは背中をさするのを止め、私を置いて歩き出した。
どこへ行くのかと思い、燈火さんを見ていると急に視界がさらに眩しくなった。
「安心しろ、この子は俺の弟子だ」
燈火さんは光に向かって手を差し出すと、全身が光り輝く女性がそこに現れた。
「ふん、こんな貧相な体の女がか」
女性が私を軽蔑するように見ると、その表情をまるで少女のようにして燈火さんを見つめた。
「やっと来てくれたのね、燈火。最近はこの女に構ってばかりで寂しかったわぁ」
燈火さんに体をすりよせる女性。美しい男性と女性が二人、私は何だか見てはいけないものを見ている気がして、なぜか恥ずかしくなってきた。
「今日はここの仕組みを弟子に知って欲しくて連れてきただけだ」
「燈火、この女が裏切って情報を他人に漏らすことだってあるのよ。弟子になったのだって何か裏があるのかも──」
「俺はこの子を信用してる。ね、星蘭」
燈火さんは振り向くと私の方を見た。後ろの女性の殺意も怖かったが、何より女性の輝きによる眩しさで神々しさがある中、微笑んでいる燈火さんが美しくて、その女性のことは私にはまるで見えていなかった。
だが、女性はそんな私に嫌気がさしたのか、燈火さんの顔を無理やり女性の方に向かせた。
それより、この女性は何者なのだろう。
「私は信用してないわ。ね、燈火。あなたには私だけいればいいでしょう?私がいつまでも、一緒にいてあげるものぉ。離れることなんてないの。ずっとあなただけを愛してあげるわぁ」
そう色目を使う女性を他所に、燈火さんは私の方へ手を伸ばし、手招きをした。
「星蘭、こちらに来れますか?」
「え、あ、はい」
私はいつの間にか力が入るようになった足で立ち上がり、燈火さんの方へと走った。
「名は星蘭。異世界の日本という所から来たという。仲良くしてやってくれ、
「星蘭です……! えと、よろしくお願いします」
燈火さんの紹介の後、私は深々と萩葵と呼ばれた女性に頭を下げた。
しかし萩葵さんは私に目もくれず、ぎゅっ、と燈火さんに抱きついた。
「ああ、だからこんな臭いのね。嫌だわ。私にも燈火にも近寄らないでちょうだい」
萩葵さんは鼻をつまみ、嫌な顔をした。
香水もつけてないが、一体何が匂うのだろう。まさか、私汗臭かったりする……?
「萩葵、いい加減にしろ。星蘭は一人で熱心に勉強し、数日でこの桜華国に認められた自慢の弟子だ。侮辱するのは俺が許さない」
「な、何よ。私の方がこんなのより余程魅力的だわ。というかなんで私に一言も言わずに女の弟子なんて」
萩葵さんは頬を膨らませた。この人はころころと表情が変わる。
「別にお前に話す必要はないからな。……星蘭、この女は萩葵といって、この楼閣を守っている精霊なんです」
何だか急にファンタジー感が出てきた。異世界があっただけで、だいぶファンタジーではあるのだけれど。
精霊なんて本当に存在していたのか。萩葵さんのこの輝きは只者ではないということを感じさせたが、もはや人間でもなかったとは。
この世界はまだまだ私の知らないことだらけだ。
「桜華国には精霊がいません。萩葵はこの国を救った最強の毒草の一つを輸出した、アルヴァリート皇国からやってきた上級精霊。毒草の守り主ということでこの国に来ました。そのついでにこの楼閣も守ってもらってるということなんです」
燈火さんの説明に萩葵さんは自信満々に頷いた。
「本当はこんな弱っちい国へ来る気なんて微塵もなかったの。でも私が守る草の管理人はこんな見目麗しい方なんですもの。国へ帰ることなんてやめて、ずっと燈火の側にいることを決めたの。それに私の名前までくれたのよ。ねぇ、燈火」
萩葵さんが腕を組んで色目を使っているのに対して、燈火さんはそんな萩葵さんを気にもせず、フードをまた深く被り直した。
「ここに侵入できないのがよく分かったでしょう。良くも悪くも私にしか懐かない精霊がいるのです。ここに入ろうとする者がいるならば、萩葵がそんな輩の息の根を止めてしまいますからね」
燈火さんはそう言うと、慣れた手つきで萩葵さんの手を振り程いた。萩葵さんは頑なに離れようとはしなかったが、燈火さんがその頭を一度撫でただけで満足したのか、すぐに向こうへと消えてしまった。
本当に、なんというか可愛らしい人だ。愛嬌があって。私もこんな風に感情を表現できていたら、少しは愛されたのだろうか。
「萩葵は姿を人間に見られることを非常に嫌います。だから、萩葵は何者かがこの楼閣に入る前に仕留めてしまうのです。まだ警戒されてる内はあまり近づかないでくださいね。星蘭に何かあったら色々と困りますから」
そう燈火さんは言いながら、楼閣の扉の三つの南京錠に鍵をかけた。
「……分かりました」
「さあ、早く王宮へ行きましょう。早く、自由になりたい……」
燈火さんは最後、低い声でボソッと呟いて歩き出した。
門の鍵をかけ、やっと敷地から出る。朝日はすっかり頭の上に来ていた。
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