孤独な蝶は、呼び出される。
日が真上に昇る頃。夏というものもこの桜華国にもあるそうだ。少し汗をかくようになってきた。
あれからというものの、燈火さんと会話しなくなってしまった。というか燈火さん自体見なくなった。
リップクリーム作りも、こんな順調に進んでしまうのかと思ってしまったが、やはり物事はそう上手くいかないようになっているみたいだ。
いつも静かな研究所がより静寂に包まれていて、何だか違う場所にいるようだった。
チリンチリン──
その時、研究所にそう鈴の音がした。この特徴的な鈴の音は、アレか。
「……燈火さんはいないけど、何か大事な物だったら困るしな」
私は研究所の扉を開け、門の方へ行く。恐る恐る門をゆっくり開けると、そこには袴姿の男性がいた。
「星蘭様のご自宅でお間違いないでしょうか」
「はい……って私?」
「ご本人様ですね。こちら、王宮からのお届け物でございます。それでは」
そう男性は私宛の一つの封筒を差し出した。てっきり、というか今まで燈火さん宛の物しか届け物はなかったから驚いてしまった。
この男性は元の世界で言う、郵便配達員みたいな人だ。彼らは家の前に来ると、あの鈴で家にいる人を呼び出すのだ。
「王宮からって、何だろう。私、悪いことでもしたかな」
私はその封筒を開けてみた。その中には一枚の便箋が入っていた。送り主はまさかの月夜様。内容は、今すぐにでも伝えたいことがあるから、王宮に来て欲しいというものだった。
「今すぐ王宮に来て欲しいって、いきなりどうしたんだろう」
私は首を傾げながらも出かける準備を始めた。鈴さんからもらった着物を着て、最低限の身だしなみを整える。我ながら馬子にも衣装感が半端ない。
今日も相変わらず燈火さんがいないから、戸締りをして外に出なければいけない。特に研究所の窓は要確認しなければいけない。楼閣は燈火さんしか開けられないからここ最近は閉まりっぱなしだから、多分大丈夫。
それにしても燈火さんはいつもどこにいるのだろうか。
私はそんなことを思いながら、騒がしさのない屋台街を通った。
さすがに燈火さんもいないのに裏口から入るわけにはいけないので、ちゃんとした正規の入口から入ることにした。
豪華な大きい門の前へ行くと、二人の門番が自分の身長の倍はありそうな槍を持って立っていた。
燈火さんはあの人たちに怯えていたのだろうか。
「何者だ」
そう二人の門番が槍を交互にして私を門の中へ入れないようにした。
ガタイのいい男性二人。何か変なことでも言えば問答無用でその槍で貫かれてしまいそうだ。
「月夜様から、手紙をもらったので参りました」
私はもらった手紙を門番へ見せた。門番は、その手紙を手に取り何かを確認すると頷いた。
「月夜様であることに間違いない。こちらはお返ししよう。王宮へ入ることを許可致す」
門番は交互にしていた槍を元に戻し、重たそうな門を開けた。王宮までの道のりをたった一人で歩くのも何だか緊張した。
王宮に何度も来たわけではないが、月の間にしか行ったことがないので道は覚えていた。入口から一番奥にある階段を登った先の豪華な襖の部屋。
月の間が見えてくると部屋の前に立つ、一人の人影を見つけた。
「鈴さん、お久しぶりです」
鈴さんは歯を見せて笑い、「久しぶりだね」と言った。元気そうで何よりだ。
「にしてもまだ真顔ね。感情が表に出てこないのも厄介だろうね」
鈴さんはそう言って私の肩を叩いた。
「急に呼び出してしまって悪いね。月夜様がどうしても言いたいことがあるって言っててさ。月夜様、星蘭が来ましたよ!」
鈴さんは襖の奥にいる月夜様に声をかけた。
というかこんな感じに声をかけて大丈夫なのだろうか。初めてこの月の間に来たときはもっと仰々しく挨拶していた気がしたけれど。
「来たか。入ってよいぞ」
襖を開けた鈴さんは私の背中を押して、私を月の間に入れた。月の間には月夜様だけいたようだ。月夜様は微笑んで私を呼ぶように手招きをした。
「そこに座れ。急に呼び出してすまなかったな。お主にどうしても話したいことがあったのだ」
一国の王女様が私なんかに話したいこと。そう思うと少し恐怖を感じた。
「私の腹違いの兄のことだ」
「え?」
私のことについて話すのかと思っていたから、まさかのお兄様のことで私は素っ頓狂な声を出してしまった。
それにしても、なぜ今そんなに急いででもそのお兄様の話をしたいのだろうか。
「腹違いの兄だと王族で、次期国王だと思うかもしれないがそれは違う。兄は国王の座から逃れ、王族から離れた人でな。お主にも、関係が深い人物だ」
私は少し驚いてしまった。王族と関係があるのはこの月夜様だけだと思っていたから、知らない間に王族とも関わっていたことを知って驚いた。
でも、この世界で男の人で関係があるのは燈火さんくらいだ。
まさか、そんなわけはないと思うけど。
私はいつになく真剣な表情で話す月夜様の様子に、少し怖くなった。
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