黒き灯りは、心を閉ざす。
俺という存在は、皆に恐れられた。不気味な子。そう言われたこともあった。
そう思われていたのは主に二つの理由からだろう。
一つ目は、俺の母親のこと。俺は輝かしい王家の事実上の長男として生まれた。
父は国王。母は奴隷の娘。一夜限りの関係で俺は生まれてしまった。
当時、国王は正室、側室との間に子供はできていなかった。
跡継ぎのことで特に正室との仲が悪くなり、正室の妃は側室の妃や召使い達を虐め始めた。
一方で、国王は王宮にいる女性に次々に手を出した。その中の一人が俺の母親だ。母は奴隷の娘ではあったが、とても美しい人だった。
色々な女性に手を出した国王ではあったが、その子供を身篭ったのはその奴隷の娘だけ。しかも誕生したのは男だった。
やっとのことで産まれた跡継ぎの誕生に、国王は酷く喜んだ。そして、あろうことか奴隷の娘である女性を側室にしてしまったのだ。
その娘は子を育てながらも正室からの虐めに耐え続けていた。
結局、母は俺が三歳の頃に病気、という名の毒殺で亡くなった。その三年後、正室との間にやっと男児が誕生した。
だが、その子は体が弱く、寝たきりの生活を送っていた。そんな子を見て、国王は正室との間に産まれた子に王位継承権をやらずに、引き続き俺を跡継ぎとして育てた。
そこから時は流れても国王の子供は産まれなかった。
俺が七歳の頃に正室との間に女児が誕生した。
正室の妃は子が産まれたのにも関わらず、部屋に引きこもってしまい、その女児を自分の子ではないとまで言い出したのだ。
国王は街に捨てられていた三人の孤児を女児の世話役として、あろうことか育児を齢九歳の子供に任せた。
相変わらず正室の子である男児は体が弱く、近頃は外に出れるようになったが一瞬にして部屋に戻ってしまう。
国王はそんな二人を見て見ぬふりをして、俺に国王としてのあり方の勉強をひたすらしていた。
そんな俺も、二人のことをさほど気にしていなかった。親に可愛がられない可哀想な子供だとしか思ってなかった。弟妹として考えたことは、多分ない。
歳が十三を過ぎると婚姻の話も出てきた。国王として、俺は見ず知らずの人と結婚しなくてはいけなかった。俺は嫁にきた女をきっと愛せない。
俺には結婚というものが苦痛でしかなかった。身近な夫婦といえば国王と正室で、俺の両親は国王と奴隷の娘。どちらもあまりいいイメージがなかった。だからこそ、余計結婚ということに嫌気がさした。
今まで複雑な環境で生きてきた俺には、この国の王になる気など一切なかった。
王宮から、国王という座から逃げ出したくなり、ある日俺は王宮を出ることを決意した。
王宮にいる者は俺を気味悪いと言う。俺の本当の出身を知っているから。そんな言葉にも飽き飽きして、そんな言葉が聞こえない場所に行きたいと思うようにもなっていた。
俺は王宮から出るためにあることを考えた。
ここには正室から産まれた男がいる。いくら体が弱いといえ、国王になるのはそちらの方が相応しいだろうと、弟である男を国王にしようと考えた。
自分より幼い、ましてや片方の血が繋がった弟であっても道具としか見ていなかった。
俺はいつもそんな軽い気持ちでしか他人のことを考えていなかった。そういう冷酷さは父である国王に似ていた。こんなところだけ似ていて、とても憎たらしかった。
翌日、俺は国王に研究者になりたいと言った。それを聞いた国王は酷く俺を怒った。怒鳴りつけ、殴られ蹴られ。
それでも俺の意思も揺らがなかった。元々勉強することは嫌いではなかった。その中でも心惹かれたのが毒についてだ。母を殺した毒。これを熟知して、母を殺した正室の妃に復讐してやろう、と幼い俺は考えていた。
考えを譲らなかった俺に折れた国王は俺に一つ条件を出した。
この国は世界的に見て弱小と呼ばれる簡単に占領されてしまうような国。だからこそ、占領されないよう何か強い武器が欲しかった。
毒を研究するのなら、世界の各国がこの国に攻め込む気すらなくなる毒を半年以内で作れ。
それが俺が王宮から逃げられる条件だった。
国王は律儀に王宮から少し離れた場所に研究所を作った。そこには勉強が得意、毒に詳しいなどの特徴を持つ人々が数人集められた。
そこで〝あの日記〟を元に、俺は半年以内にある毒を生み出した。その毒により、各国はぱたりとこの国に手出しをしなくなった。
条件を満たした俺に国王は、渋々正室の子である男を後継者とした。俺は無事に王座から逃れ、研究者としての道を歩き出したのだ。
二つ目の理由は、自分の容姿だ。
この世界は色鮮やかな髪、瞳の色を持つ人間がいる。それぞれが家系や身分などによって髪と瞳の色が違うのだ。
俺の出身は、王家と奴隷。王家の特徴である紺色の髪と奴隷の特徴である白色のグラデーションの髪だ。毛先に行く程髪は白くなる。一度白い部分だけ切ったのだが、なぜだか切った瞬間紺色だった髪が瞬く間に白くなった。瞳の色も奴隷の特徴である白。透き通った綺麗な白ではあるのだが、奴隷に見られるこの白の瞳は様々な人から虐げられてきた。
そのため幼い頃から外に出るときはフードの着いた羽織を身につけて、そのフードを深く被っていた。
王家で、しかも跡継ぎとして育てられていた者に奴隷の血が混じっていると知った王宮仕えの者は、俺に酷い仕打ちをしてきた。
国王にぶつけられない怒りを、ただ国王のお遊びで産まれてしまっただけの俺にぶつけたのだ。
王家としてどうしても外に出なければいけないときは、目の色を隠すため、黄色のレンズを目の中に入れる。髪の色は一時的に紺色に染め、フードを被らずに外に出る。
そんな偽りだらけの存在である俺を見て次期国王万歳、と人々は黄色い声で言う。それが、どことなく耐えられなかった。本当の俺を知らない人間が勝手に俺が国王になるのだと信じて疑わない馬鹿な連中に嫌気がさした。
俺は、自分の性格が歪んでいることには気づいていた。何をすれば喜ぶのか、何をすれば嫌がるのか。それをよく知った俺は、人々が喜ぶこと、それだけをこなした。
王家として、と自分が正しいと言い聞かせて振る舞っていた。他人を利用し自分を正当化する。
子供ながら悪なものだと自分でも分かる。気味が悪いだなんて百も承知だ。自分だって自分自身を気味が悪いと何度も思っているのだから。
研究者になったばかりの頃も、国王の座を降りた第一王子は人を殺す毒を研究をしていると国民が噂し、心ない言葉をまた言われた。
だから俺は人を助けるためだと薬研究も始めた。人々の好感度を上げて、自分はいい研究者だと人々に思い込ませる。それを信じ、俺を聖人だとまた黄色い歓声を俺に向ける。
まんまと手の平で泳がされてる様は見ていてとても楽しかった。
この研究は全てあの王宮にいる人間たちへ復讐するため。そのためならいくらでもいい人を演じる。それだけで復讐ができるのなら自分を偽ることくらい、造作もない。
俺はまたそうやって、本当の自分を隠しながら生きていく。本当の自分を誰にも知られないままで。
そんな捻くれ者の名を、燈火といった。
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