孤独な蝶は、異世界へ。

 月夜様はとても美しい人だった。豪華な着物に身を包んだ彼女は、美しく整えられた夜空のような紺色の長髪に、美しく透き通った黄色でまつ毛の長い目。そして潤いを持った、赤く美しい唇。白雪のような肌は絵本に出てくる本物のお姫様だった。

 こんな美しい人だが可憐で、まだ無邪気さが残る顔つきは十四歳の少女だということを感じさせられた。


「本当に黒髪に黒の瞳なのだな。とても美しい。我は珍しい物が大好きなのだよ。気に入ったぞ。だがお主という人間は気に入らないな。お主はなぜそう真顔なのだ。我のような王族に会うのは初めてではないのか?」


 私は王女、それでいてまだたったの十四歳である彼女にまるで心を見透かされているような目で見られて、冷や汗が背中を撫でた。


「いえ、初めてです。私は、特にそれといった感情がないから真顔なんだと思います」

「そうか。お主は可哀想だな。自分のことを自分がまるで理解していない。色々と不思議な来客なことだ。菊、鈴、琴。お前たちはもう下がって構わぬ」


 そう三人に命令すると三人はお辞儀をして部屋を出た。

 この月の間には私と月夜様の二人きりだ。騒がしい所も嫌いだが、二人きりはもっと嫌いだ。何か話さないといけないという謎のプレッシャーにやられてしまう。

 できれば、一人でいたい。


「我には分かる。お主はこの世界の者ではないな」


 月夜様は微笑んだ。私は意味が分からなかった。

 この世界の者ではないとは、つまりここは私からしたら異世界ということだ。そんなの空想上の話ではないのか。本当にそんなものが存在するわけない。

 私はきっと変な夢を見てるんだと思った。


「夢だとで思っておるな。残念だがこれは現実。お主はこの世界にのだよ」

「呼ばれた?」

「我がなぜお主がこの世界の者ではないと気づいたか知りたいだろう」


 得意気に月夜様は話すと、自分の横に置いてあった薄い本を持った。


「奇遇だったな。この世界に来た異世界人の日記をちょうど読んでいたところだったのだよ。その異世界人とお主がよく似ていてな。もしかしたらと思ったのだ。本当に、異世界が存在したのだな」


 月夜様の話を聞いて私は少し共感した。きっと今私が抱いている気持ちと月夜様の抱いている気持ちは似たようなものだと。


「遥か昔に亡くなってしまわれたが、日記だけはこうして王族に受け継がれているのだ。よかったら見てみるか?」


 月夜様は私に古びた日記を私に差し出した。私は恐る恐るその日記を受け取り、その中身を見てみた。本当に昔の物なのだと、黄ばんだ紙を見て思った。

 日記には男性だと思われる人の、この世界に来てから死ぬまでの三十九年間の出来事が綴られていた。一日一日ではなく、不定期で書かれた日記。そこで私が目をとめたのはとある日の日記。


 日記には二年目と書かれている。


「ここに来て二年目。私はやっとここに来た意味を見つけました。こここそが私の居場所なのだと、気づきました。私は誰からも必要とされませんでした。愛されませんでした。しかし、ここには私を必要としてくれる人がたくさんいます。私は人生で初めて、幸せという感情を知ることができたのです。それと同時に彼女から私は元の世界に戻る方法も知りました。ですが、私は心に誓ったのです。私は、私を必要としてくれるこの世界で生き続けます。元の世界には二度と戻りません。何があろうとも。

 元の世界へ戻る方法、それは██████」


 どんな過去がこの人にはあって、どんな意味を持ってこの世界に来たのか分からない。

 この人が居場所を見つけたように、私も居場所を見つけられるのだろうか。私にも、居場所はまだあるのだろうか。


 私は最後の文だけが墨で塗り潰されていることに疑問を持った。なぜ消したのかは分からないけど、私はこの人が自身の過去と決別するために消しのかもしれないと思った。


「何か、感じたことはあったか? 同じ異世界人が読むと、また我らとは違った観点で読めるだろうからな。我はなぜお主がここへ来たかは知らぬ。だが、ここに来たことに少なからず意味があると思っておる。その意味を見つけるのはお主自身だ。ちょうど今日はあの人が来ておる。話をしてみるといい。お主がその意味を見つけることに役立つはずだ」


 月夜様は愛想よく微笑むと日記を返すよう言った。本当は貸したいそうなのだが、王族が代々大事に保管してきたものであり、法で他人に渡すことは禁じられているため、貸すことができないのだという。

 月夜様はまた来てくれれば見せると言ってくれた。三人の言っていた通り、月夜様はとても優しい方だった。


「名のない異世界人よ、話せてとても嬉しかった。有意義な時間をどうもありがとう。また来てくれると我は嬉しいぞ」


 月夜様はそう言うと三人を呼び、私は三人に連れられて温室へ向かった。どうやらあの人は今王宮に来ていて、王と対談をしているのだそうだ。

 その対談が終わると、あの人は必ず温室へ行くらしい。


 私は月夜様に温室に行くように言われたため、三人と共に温室にいることにした。

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